2011.07.06
近代農業は生物多様性の減少、土壌の劣化と荒廃、地域社会の衰退を招くと、ペルー人農学者ゼノン・ポルフィディオ・ゴメル・アパッツァ氏は確信しています。とりわけ、彼の生まれ育ったアンデス高地のような厳しい風土においては、近代農業による影響が大きいといえます。農村の食糧生産の安定を図り、地域の豊かな自然・文化遺産を子孫に引き継ぐため、彼は地域に昔から伝わる伝統農業を活用しています。
上)どんな時も儀式を大切にするケチュア族。母なる大地への敬意のしるしとして、土地の代表者たちは作付け前に大地に帽子を置き、御神酒を捧げる。
下)標高4,000メートルほどのアンデスの農地で、ジャガイモの塊茎を蒔く女性。その地に古くから伝わる方法で農業を行い、暮らしに十分な収穫を上げている。
大学で農学を専攻し、アンデス高地の故郷の村に帰ってきたゼノン・ポルフィディオ・ゴメル・アパッツァ氏は、農業のことなら自分は何でも知っていると思っていました。村はティティカカ湖の北60キロにあり、彼の家は先祖代々ここで農業を営んできました。しかし彼は、標高4,000メートル近くもある厳しい気候の高原地帯、アルティプラーノでは大学で学んだ近代農業は、不作や土壌の劣化・荒廃、農村社会の崩壊をもたらす場合が多いことに気づきました。
「それが、私にとっての転機でした。私が受けた専門教育は、アルティプラーノの現実に合わなかったのです。そこで、アンデスの日常生活から自分の進むべき道を学ぶため、大学で教わったことをすべて忘れることにしました」
近隣の先住民ケチュア族の人々から話を聞き、彼らの畑を一緒に歩くうちに、ゴメル氏は作物の生産量を増やすために必要な知識のほとんどがケチュア族に昔から伝わる文化の中にあると気づきました。それを確信したのは、ティティカカ湖畔の町プノの近くにある先住民アイマラ族の支援団体チュイ・アル(アイマラ族の心)で講義を行ったときでした。地域農業は、その地に古くから伝わる農法で行われるべきだと悟ったのです。彼は、ジャガイモと他の在来植物の多品種栽培を奨励するため、故郷のプカラ村にアソシアシオン・サヴィア・アンディナ・プカラ(アンデス・プカラの活性化推進協会)を立ち上げました。
ゴメル氏と近隣農民たちは、種子や塊茎を多品種栽培し、伝統的な土づくりをすることで、作物や牧草の生産量を増やせるということを10年間にわたり示してきました。経済的に貧しい地域でも、外部からの化学肥料や技術に頼るのではなく、昔から伝わる様々な自然農法を取り戻せば、農民は暮らしに十分な収穫を上げられます。
ゴメル氏はオルーロとプカラ周辺の500あまりの農家に、遺伝的多様性をもつ農作物の栽培を奨励するプロジェクトで、ロレックス賞準入賞者に選ばれました。ゴメル氏らは農民と情報交換を行うため、集会などの公開行事を100回以上も開きました。飢餓と闘うカギは農作物多様性の奨励にある、とゴメル氏は説明します。
「植物の種類が多ければ、環境の変化に耐えて生き残る可能性は高くなります。アンデス高地の気候は非常に厳しいので、もし気温が著しく下がったりすると、1品種しか栽培していなければ、すべてを失うことにもなりかねません。でも、品種の数が多ければ、一部は枯れても一部は残ります」
例えば、今、世界で栽培されている様々な品種のジャガイモはほとんどがソラヌム・ツベロスという単一種に属していますがジャガイモの原産国であるアンデスでは約10種のソラヌムが栽培され、野生種は200種類以上にも上ります。ペルーに本部のある国際ポテトセンターでは、ジャガイモの品種が約5,000あることを確認しています。科学者の間では、これほど遺伝的多様性をもつ主要作物は他にないといわれています。ジャガイモの種類がこれほどまでに増えた背景には、アンデス農民の創意工夫があります。山岳農業に精通した彼らは、絶えず品種改良を行い、耕作地の土壌の質、温度、斜面傾斜、斜面方位、露出度に応じて、それぞれ適するジャガイモを植えてきたからです。彼らは1万年以上もの間、種子や種イモを交換することで豊かな遺伝資源を蓄積してきました。
ところが、この何十年間、かつては数十もの品種を栽培していた農民には、農業技術者やアグリビジネスから栽培種の数を減らすよう、圧力がかかっています。農薬、機械、多収穫品種による食糧増産をうたった1960年代の「緑の革命」によって、かつては自給自足していた農村の伝統的農法が影をひそめ、アンデスの人々はますます力を失っていきました。
ゴメル氏の父は何年もの間、数十のジャガイモの品種を焼いたり、スープにしたり、薬にしたりという用途に応じて栽培してきました。しかし、ゴメル氏によると父親は「流行の近代技術と緑の革命」を喜んで受け入れ、栽培をわずか5品種にまで減らしていました。ゴメル氏は現在、栽培種を増やし、植物の多様性を守るために、いつの日か薬用になるかもしれない多くの植物を育てる自然保護区を設けて、近年の損失を取り戻しつつあります。
ジャガイモと同じイモ類のオカ、イサーニョ、オジョウコ、雑穀のキヌア、カニワについても、プカラとオルーロの両地域で研究が進められ、22ヘクタールに及ぶ自生植物の微小生育域がプロジェクトで保護されます。不適切な農業技術によって土壌の荒廃が進んだ丘の斜面は、環境にやさしく持続可能な伝統的方法で、農地としてよみがえります。ゴメル氏は、農民が種子や種イモ、情報を交換できる農業フェアを各地で再開する手助けもしています。
また、農民集会で農作物多様性を奨励する活動の他に、アンデスに適した農業を振興するため、ラジオ番組や教育機関との連携を通じて、公共部門での支援活動も広げています。ゴメル氏は現在、小学校における授業内容の拡大と昔から使われている農業暦の採用を呼びかけています。
緊急の課題を伝統的な方法で解決するゴメル氏の活動は、諸団体から熱い支持を集めてきました。プカラでのプロジェクトを支援してきたW・Kケロッグ財団の元中南米・カリブ海諸国のプログラム部長、エリオドロ・ディアス・シスネロス氏は、「農民に先祖伝来の知識を信じるよう奨励することで、ゴメル氏は隣人同士の助け合いと環境を大切にする心を育てている」と語っています。
過去の教訓がもたらすものはジャガイモの増産にとどまらない、とゴメル氏は信じています。地球を大切にし、隣人を尊重するという古くからの地域文化を住民が再び受け入れることで、地域社会のあり方も変わってくるからです。「アンデスの農業は、風景に大きく手を加えるのではなく、むしろ一種の美化を施すのです」。ゴメル氏はこう説明しながら、つけ加えます。彼にとって「人間と自然の関係は、自分もこの地球に存在しているすべてのものの一員なのだという―思いやりと礼儀に根ざした―気持ちの中にあるのです」。