#07

文:吉村喜彦/写真:中村征夫

2010.01.14

狙うは日本最大のコウイカ、「コブシメ」

旧暦9月30日。朝7時。

石垣・新栄漁港の防波堤を過ぎると、サバニはいきなりスピードを上げ、白波を蹴立てて沖に向かった。

やっと明けきった空は薄い雲に覆われている。その隙間からときおり放射状の光が投げかけられると、海は黄金色に染まる。

兼次信男(かねし・のぶお)さん(60歳)は舵とロープを結び合わせ、そのロープを肩にかけ、立ったまま操船している。

狙うのはコブシメ。胴(頭のように見えるところ)の長さが50センチにもなる日本最大のコウイカだ。

陽の光を背負い、温顔でしなやかな体つき──まるで後光の射した仏像のようだ。
「まず、浜の島に行こう」

竹富島の北西にある岩だらけの無人島。その辺りは信男さんの漁場の一つである。

舟縁(ふなべり)からほんの10センチ下は海。波を切り、「信丸」(のぶまる)は時速28ノット(約52キロ)で飛ぶように走っていく。

サバニは安定は悪いが、スピードは速い。沖縄の海人はサバニを駆って、フィリピンや南太平洋まで漁に出たといわれている。大きな船のつくる波にぶつかるたびに、ダダンッダダンッと衝撃が伝わってくる。

もともとはウミガメを獲る漁法

30分ほどで漁場に到着。北側300メートルほどの所にリーフが長く横たわり、白波が立ち騒いでいる。
「今日は南風だね。北風のときはリーフが防波堤になって、静かになるんだけどね」

上空の雲は去り、海の色もエメラルドグリーンに輝きだしたが、波は高い。サバニは左右に揺れ続けている。
「じゃあ、飛ぶよ」

言うなり、水中眼鏡をつけてドボンと海に入った。そして右足にロープをかけ、サバニと自分の体を繋ぎ、それに引っ張られていく。

右手には舵とクラッチを操作する長い棒が握られている。アンカーは下ろしていない。スクリューはゆっくり回っている。
「一度、飛ぶとね、2時間くらい舟に乗らんときもあるよ。コブシメ突くと、それを 舟に揚げて、また水中で獲物探すわけさ」

泡盛を飲みながら、前夜、説明してくれた。

舟に引っ張られながら、コブシメやタコを追いかけるこの漁法は「スンカリヤー」といわれる。「スンカル」とは八重山の言葉で「引っ張る」という意味だ。
もともとウミガメを獲る漁法で、そのときは二人で操業したそうだ。一人が舟縁(ふなべり)につかまって泳ぎながらカメの行方を追い、舵をとる相棒に進む方向を指示して追いかける。そして、追われるのに疲れ果てたカメを突く。コブシメ漁はこれを一人で行う。

「コブシメのお家は金庫さ。他人にばれないようにするのが大事」

「コブシメの季節は12月から4月まで。イノー(サンゴ礁に囲まれた浅海=ラグーン)にあるお家に卵を産みにやってくるよ。ぼくらはクブシミヤー(ヤー=家)って言うさ。サンゴの小さい枝がずっと並んだ所にウズラの卵くらいのを産みつける。夏は深い所にいる。冬になると産卵に来る。そこを狙って獲る。お家は100以上覚えんといかんさ」

コブシメの家はサンゴの周辺。タコのように穴の中にいるわけではなく、ストリート暮らし。雄も雌も卵を産みつけたサンゴの周りで見張っている。昔は10匹もかたまっていたそうだが、今は5~6匹だという。
「夜は浮いて移動している。電灯つけると、はっきり赤く見えるよ。昼は、普通の人にはコブシメがいるかどうか全然わからん。サンゴに合わせて体の色を変えるからね。眼が良くないと見えきれん。コブシメの気配を察する勘もいる。この漁は眼と勘と運だよ。ぼくの漁は昼間。たくさん突かんといかんからね。

コブシメのお家は金庫さ。

他人にばれないようにするのが大事。同じお家にコブシメがたくさん来るからね。一カ月、毎日突けるよ」

信男さんはシュノーケルを使わない。
「シュノーケルやってると、顔を水面から出さんよね。そうすると、ぼくの姿みて、ライバルがやって来るの見えんわけさ。場所を覚えられたら大変さね。コブシメ半分あげるのと同じさ。だから仕事しながら、ちょくちょく顔を上げてるよ。誰か来るのがわかると、お家があっても、ぼく、わざと飛ばない。逃げていく。そして、いなくなると戻ってきて、また獲る。コブシメのお家ないときに、ぼく、わざと飛ぶときがある。そうするとライバルが来る。で、ぼくが逃げてくでしょ。すると、その海人が飛んでる(笑)」

まさにコブシメのお家は金庫だ。己の生存をかけた熾烈な闘いがこの海で日ごと繰り広げられているのだ。

墨を吐かせないために、コブシメの脳を突く

そのとき、舟に引っ張られている信男さんの右手が動いた。

クラッチを切った。

二股になった銛を持った。

と、そのまま一直線に深く潜っていく。

静かだ。音も立てない。泡も上がらない。

しばらくして、コブシメを持った信男さんが浮き上がり、獲物をドーンと舟に揚げた。

発見からアッという間の出来事だった。

胴の長さは50センチ以上。大物だ。

正確に両眼の間が突かれている。
「脳を突いて即死させる。そうすると墨を吐けない。墨吐くと、舟の中も汚れるしね。このコブシメ、7キロあるんじゃないかね。見ててごらん、やがてコブシメの胴の色が白と黒の真っ二つにくっきり分かれるから」

立ち泳ぎしながら信男さんが誇らしげに言う。
「墨吐くのはよっぽどの時。あれ、コブシメのエネルギーのもとだと思うよ。墨あんまり吐くと泳ぎきれなくなる。沈んでいくんだよ」

半月の夜、中潮のときが適漁期

漁の前、信男さんは、「コブシメは影で押すんだ」と言っていた。
「コブシメ獲りはスピードが勝負。見つけてアンカーなんか入れてると、逃げていってしまうからね。大事なのは、舟をコブシメの真上に持っていくこと。横から突こうとすると逃げる。舟の影で押すとコブシメは動かない。大きい影で押すと、全然動かんよ。影がはずれると、途端に動き出すからね。だから必ず舟で押す」

コブシメは影に弱い。だから暗い夜の海では動かないのだ。

月の満ち欠けもコブシメ漁と関係する。
「新月の夜は静か。ベターっとしたまま動かん。かといって満月で明るすぎてもダメ。夜、餌をもとめてコブシメが深い海からイノーにやってくる途中、ウミガメや大きな魚にやられてしまうんだ。

ちょうどいいのは半月。中潮のとき。陰暦の6日から10日。18日から23日くらい。半月の頃は一番動きがいい。敵に食べられずにイノーまで入ってこられるさ」

その日の漁は6時間あまりで終わった。

浜の島で7キロ級を1杯、タコを1杯。漁場を石垣島南東部のイノーに移して再び7キロ級を1杯。本来ならば、あと2杯大物を突けていたのだが、ぼくらが同乗していたため、その音でコブシメを逃がしてしまった──。

島の開発とともに、漁獲量が減少

信男さんは小学生の頃からコブシメを獲ってきた。中学時代は半分は漁師、半分は学校という暮らしだった。
「貧しかったからね。家は農業だったけど、現金収入が入らんから自分で働かんとダメだった。中学生だけど頑張らんといかんわけよね。あの頃は、海パン一丁で足ヒレもなし。ミーカガン(木製の水中眼鏡)つけてね。すぐ目の前の浜で12~3キロのコブシメ獲れたよ。埋め立てもやっていなかったから、そりゃあ、たくさんいたさ」

中学卒業後、すぐベテラン並に魚を獲りだした。すでに50年近いキャリアである。
「コブシメ、だいぶ減っているよ。今年は5月が2回あったせいかしらんけど(注:旧暦の5月と閏5月があった)、産卵も遅れている。海も汚れているし、温度も高い。

何といっても、埋め立てで潮の流れがものすごく変わったさ。そのせいで海が浅くなっている。

赤土もひどい。北風になると、島の南西部からサザンゲートの所まで流れてくる。そうなると、仕事にならん。雨降りの後はもっとひどい。引き潮のときは、空港のすぐ側や全日空ホテルの下……みんな真っ赤さ。土地改良でこんなことになった。リゾートや生活の排水もあって、海が汚れてしまったよ」

「オニヒトデひとりを悪者扱いするのはどこかおかしいよ」

オニヒトデはどうなんですか?
「あれを悪者扱いするのはおかしいさ。ぼくは昔から漁やってるけど、サンゴがあんまり生えると何がいなくなるかというと、タコやギーラ(シャコ貝)さ。ギーラは光合成で生きている。サンゴが上から被さって太陽光線が入らんと、ギーラは死ぬ。タコの家も自然の穴だから、サンゴが覆ってしまうとタコは入れなくなる。

サンゴがあんまり生えすぎても、生きていけない魚や貝がいるんです。ぼく、50年近く海のなか見てきて、そう思う。

オニヒトデを捕りすぎると、ホラ貝がいなくなる。ホラ貝はオニヒトデを食べて暮らしているからね。

オニヒトデひとりを悪者扱いするのはどこかおかしいよ。オニヒトデが絶対に食べないサンゴだってあるさ。

オニヒトデがうまい具合にサンゴを食べることで、ギーラも育つし、タコも生きる。ホラ貝も生きる。

要はバランスの問題なんです。

結局、人間が自分勝手に海を使うことで、オニヒトデが増え、『たいへんだ。たいへんだ』て騒いでるけど、原因はもともと人間にあるよ。バランスを崩させたのは人間なのにね。

人間が海の中いたずらしてはいけないさ。オニヒトデを徹底的に駆除しようとするのは、山の木を切ってるのと同じだもん。

海も山も人間なしで始まって、きっと人間なしで終わるんだよ」

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