#06

文・写真:佐藤秀明

2011.06.29

草木塔とともに受け継がれる、自然を慈しむ心

山形県の南部、飯豊(いいで)連峰を仰ぎ見る山麓に、美しい里がある。飯豊町(いいでまち)である。この町の中でも中津川地区のダイナミックで美しい風景は写真の被写体に、あるいは絵画のモチーフとして多くの人達に愛されている。私も写真が縁で足繁く訪れて、この里山に生きるお年寄りや風景を写真におさめているが、この里を訪れるほとんどの人が、草に埋もれてひっそりとたたずむ「草木塔(そうもくとう)」という文字が刻まれた石碑の存在に気がつく事なく通り過ぎて行く。

この「草木塔」とは、山形県の置賜(おきたま)地方特有の石碑で、自然を敬うことのシンボルとして建立されたものだ。その背景には、米沢藩城下の火災で消失した町の復興のために、伐採された木々を供養するという目的で上杉鷹山公が奨励したということがある。草木にも霊魂が宿っていると考え草木を大切に思う…、言ってみれば日本の自然保護思想の原点のようなものだ。そしてこの地方の人々が抱く自然の草木に対する慈しみの心は、現代に至るまで受け継がれているのである。

中津川地区には江戸時代の文政13(1830)年から平成12年までに建立された22基の「草木塔」が見られる。江戸時代に5基、明治時代に7基、大正時代の2基と昭和、平成の8基だ。最も新しいものは人々からの募金によって建立された。源流の森で木々に抱かれるようにたたずむ現代の「草木塔」には人々の山野にたいする優しい思いがそこはかとなく漂う。

雪どけの春、中津川は山菜の宝庫となる

そんな自然を尊ぶ人々の思いは訪れる旅人の心をも癒してくれる。中津川地区を訪れると、この美しい風景や郷土料理を楽しみながら田舎暮らしを体験してみたくなる。私のような旅人のために中津川地区では8軒の農家が数年前から民宿を始めた。どの民宿も採れたての野菜や山菜、手作りの漬け物など、都会では味わえない懐かしい味で旅人をもてなしてくれる。それぞれ異なるワークショップを体験することができるのだが、今回お世話になった農家民宿<いろり>では冬はスノーモービルを体験することができる。まだ雪が少し残っていたが、今回は早朝に民宿のご主人、伊藤勝昭さんに山菜採りに連れていってもらった。勝昭さんの秘密のコシアブラ群生地の山菜の種類の多さと量に驚かされた。「毎日地元の人が山菜を採りにきていても、この辺は10%も採られていないでしょうね…」と勝昭さん。食べごろの時期を過ぎてしまった、コゴミやフキノトウが辺一面に生い茂っていた。

正面には残雪をいただいた飯豊山の美しい山並みを眺めることができる。こんなにも大きなスケールの景色を背景に、山菜採りができるとはなんと豊かで新鮮なのだろうか。山の雪と若い緑の絶妙なコントラストが眩しく目に映り、しばし野の人となる。ここには心を豊かにする環境があるのだ。

映画『蕨野行』の舞台で、昔語りと田舎料理に時間を忘れる

実はこの中津川地区は、恩地日出夫監督の映画『蕨野行(わらびのこう)』の撮影が行われた所でもある。60才を過ぎると村を出て蕨野で暮らさなくてはならないという掟のなかで生きる老人たちの物語だ。映画は中津川地区の美しい風景をふんだんに伝えている。まさに勝昭さんとともに山菜を採りながら歩いた里山の風景である。

抱えきれないほど採れた山菜を料理してくださるのはお母さんの信子さんだ。信子さんはリクエストすると、飯豊の語り部を体験させてくれる。この信子さん、お料理の腕前がすばらしい。その日採った山菜を並べて一つひとつ名前を聞いたのに、種類が多過ぎておぼえるのが大変だ。ようやくおぼえても、料理されてしまうとわからなくなる。囲炉裏を囲んで信子さんのお料理をいただきながら一皿一皿の料理の仕方や飯豊の昔語り、飯豊の外遊びのことなどを聴くうちに、時の経つのも忘れてしまうのである。

※中津川地区の農家民宿の情報はこちらでご覧いただけます。

山形県飯豊町観光協会 http://www.iikanjini.com

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