#07

文・写真:佐藤秀明

2011.08.22

長野県売木村。万葉の時代から続く、「つみくさ」を伝える村

売木村(うるぎむら)は長野県下伊那郡の南端に位置する、人口700人の小さな村である。標高は800メートルほどの高地にあるものの険しい山に囲まれているというわけでもなく、風景としては山間に開けた穏やかーな普通の村だ。しかし、売木村までは峠を幾つも越えなくてはたどり着けないほどの山奥だ。売木という名前からして、かつては林業が盛んだったのだろう。一見、木を売る事でしか生きる道はなさそうに見える。そんな売木村が、今「つみくさの里うるぎ」として知られているのだ。「つみくさ」とは、食べるために山野草を摘むことで、摘むことと食べることの両方を楽しむことである。
『君がため 春の野に出でて 若葉つむ、わが衣手に 雪は降りつつ』(光孝天皇)と、万葉集にも登場するほど、日本では古くから人々に草摘みは親しまれてきた。そんなふだん踏みつけて歩いているような野草に着眼した売木村の人々も凄いが、その素晴らしさを教えたのは山野草研究家の篠原準八さんだ。実は彼がつみくさ料理の研究を始めたのが30年以上も前だというから、かなりの先見の明があったということになる。

「つみくさ」が小中学校の環境学習の授業に

篠原さんが初めて売木村を訪れて、「つみくさ料理」の講習会をひらいたのが平成に入ってすぐのことだった。最初は足元の草が地域の活性化に役立つという篠原さんの話に関心を持つ村人はほとんどいなかったそうだ。しかし、近隣地域をも含めた熱心な活動に心を動かされ参加する村人が少しずつ増え始めたという。山菜料理、漬け物、ごへい餅、そば……と、もともと豊かな自然に囲まれた売木村は野山の恵みを食文化に生かしてきた歴史がある。だから山野草を使った「つみくさ料理」は村の女性たちのハートを掴むやいなやいっきに広まっていった。

それから約20年、篠原さんと村人の協力で「つみくさ」は確実に売木村に根付いていった。今では小中学校の総合学習の授業にも「つみくさ」が導入されて子ども達の間でもなかなかの人気だ。ふだんは家に閉じこもりがちな子どもも自然の中へ出て行って、「つみくさ」の授業を通して初めて自然の面白さを学び、いままで見向きもしなかった原野や野草が、自分達の生活や健康にとても役に立っているということが実感出来るので父兄の評判もすこぶるいい。草摘みに夢中になって里や田んぼに入って行くと、そこに息づく虫や魚などの小さな命に出会ったりする。それは売木村の子ども達にとって、とても感動的なことのようだ。「つみくさ」が好きかどうかを聞いてみると、「つみくさだ?いすき」と子ども達は声をそろえて答える。この日も中学生を対象にした篠原さんの「つみくさ」の講習会が行われていた。「ヨモギは穂がでるまで食べられますよ!」と実際に生えている山野草を観ながら、名前、採れる季節、その山野草がどういう場所に好んで自生するか、花、茎、葉、根、実、どこを食すことができるかまでしっかりと教えてくれる。摘んだあとは、実際に調理を実践。篠原先生の山野草料理は美しく、美味しい。眼も舌も楽しむことができるのがうれしい。

雑草から山野草へ、村人から観光客へ

去年、村の中心にある「うるぎふるさと館」の中に念願の「つみ草食堂」がオープンした。食材は村内に自生する山野草をメインメニューに取り入れている。この地の山野草に詳しい村の女性達が腕をふるっている。客人が多い日など営業中に食材が品薄になると、ちょっと裏山まで出かけて仕入れて来ればいいのだ。ここを訪ねると、今まで庭や畑の雑草としてみていた草花、スベリヒユ、ツユクサの花……なども、一つひとつの名前を覚え、実際に食してみてその味の美味しさに驚く。今では、昼時になるとうわさを聞きつけてやって来た観光客や、役場や村の施設で働く人達で混み合う。小鉢に盛った「つみくさ料理」もたちまち無くなって行く。ひとり、ひとり、「つみくさ」に興味を抱く人が増えて来ているようだ。

この「つみ草食堂」では「つみくさ料理」を提供するだけではなく、さまざまな「つみくさ」関連のイベントや講習会なども行っている。料理だけでなく、草木染、手工芸なども取り入れている。

棟続きの「うるぎふるさと館」には地元採れたて野菜や、手作りこんにゃく、ジャム、漬け物、乾物などの土産物も売っているので覗いてみるのも面白い。

売木村公式HP http://www.urugi.jp/old/index.htm
つみ草食堂HP http://tumikusashokudo.hamazo.tv/

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