#09

文・写真:佐藤秀明

2012.03.22

乾燥した気候風土が生んだ、寒天作りの伝統

今回は角寒天の生産高が日本一という長野県諏訪地方の茅野へ、寒天作りの取材に行って来た。

寒天は読んで字のごとく、寒い天候の中で作られる日本の優れた食材だ。冬、日本海から吹き付けてくる冷たい湿った空気は北アルプスにぶつかって大量の雪を降らせ、そこで湿気を奪われた冷たい乾燥した風が諏訪地方へ吹き下ろしてくる。晴れる日が多く寒いのはそんな理由からだ。標高の高さと相まってまさに寒天作りに適している所なのである。その歴史も江戸時代からと古い。

寒天はテングサ、おごのりなど紅藻類の煮こごり(ところてん)を凍結脱水したものだ。冬の寒い日に捨てたところてんを放置しておいたら水分が抜けて、乾燥した姿の見た目がきれいだったことから着目されたのが始まりだと言われている。

長野県は海のない県だ。だから昔は材料の海藻の仕入れには大変苦労したことだろう。

当時は、静岡の御前崎から海産物を運んだ秋葉街道、日本海の糸魚川へ通じる千国街道など塩の道と呼ばれる街道が海藻の流通ルートだった。日本海の直江津から糸魚川の古い文献を読むと、茅野市から海藻を買い付けに来たという話が載っているくらいだから当時は寒天の商いはとても盛んだったのだろう。

しかし、寒天の代用品の登場や食料の多様化などで需要が減り、昭和の最盛期には茅野市に250社もあった寒天工場が今では12社にまでなってしまった。と嘆くところだがどっこい、最近は自然食や健康食が見直されて来たこともあって需要が増えている。

極寒こそ好機となる、角寒天の天日干し作業

天然の角寒天の製造所は諏訪湖を源流とする宮川の右岸に多く見られる。諏訪湖から東へ抜ける風の通り道だ。南に構える山塊によって太陽は早く山陰へ姿を消し、昼間暖まった気温が一気に下がる。そんなところが寒天作りに適しているのだ。取材した2月の頭は、諏訪湖で数年ぶりに御神渡りを見る事ができた。数日前はマイナス17℃を記録するほど、寒い日が続いていた。天然寒天作りにおいては、寒いほうが凍りやすいので好条件なのだ。

四角い棒状の角寒天が八ヶ岳を望む日当りのよい平地一面に天日にさらされている風景は諏訪地方の風物詩のひとコマである。中央高速を走るバスの中からも望むことが出来る。ただし期間は12月~2月中旬までの最も寒い時期に限るが。

作業風景を見ていると簡単な手作業ではないことがよくわかる。太陽の位置や天候によって角寒天を並べたスノコの向きを変えたり雨に備えたりとなかなか忙しいのである。さらには、毎日一万本を超す角寒天を約2週間~3週間続けて干すために広大な土地も必要とされる。この取材でお世話になったイチカネトさんでは北は北海道、南は奈良から農閑期を利用して出稼ぎにやって来た人たちが手を休める間も惜しむかのように黙々と働いていた。天候に左右されるので、工場の敷地内に泊まり込みだ。

熟練の技が光る海藻の煮出し

製造行程はオゴノリ、テングサなどを塩抜きし、不純物を洗い流してあく抜きしたあと煮出す作業へと入る。工場内には大きな釜が二つ並び、磯の香りが広がる。原料となる海藻は国内では伊豆や四国、九州から取り寄せられる。余談だが海女の高齢化で海藻の値段があがっているそうだ。

早朝に3メートル近くの大釜に火入れをして数時間、蓋から湯気が噴き出すまでじっくりと待つ。蓋から水蒸気が噴き出すと蓋を開けて海藻を入れていく。異なる固さの海藻を同じ釜で煮出すわけだからベテランの微妙な熟練技が必要になってくる。最初は硬い海藻を勢いよく8箱投入、竹箒で掃くようにかき混ぜ蓋をする。約30分後、再度水蒸気が噴き出してきた後次の19箱を投入する。長い樫の木と竹の棒でかき混ぜて蓋を閉じる。釜に入れる時にこぼれた海藻を箒で集めては釜にいれる細やかさが印象的だ。作業に立ち会っていたイチカネト社長の五味嘉江(ごみ・よしえ)さんは「野菜の煮物と同じように気を使うのよ」と言いながらじっくりと窯を見守る。さらに30分ほどして残りの柔らかい海藻17箱を投入。じっと窯の中の様子を見てはかき混ぜ、海藻を取り出してチェックをする。ほぼ煮上がった海藻を指で揉んで確認すると力強く言った。「そろそろいいわね」。五味さんの合図で窯の火を止める。その後半日間以上寝かせ、溶けた寒天液を濾過する作業は気温の冷えきった深夜に行われる。そして濾した寒天液はむろぶたと呼ばれる水色のバットに入れられ、固まったところで、てんきり包丁で四角い棒状に切られる。この状態がほんとうのところてん(生天)なのである。この生天の大きさは江戸時代からかわらず29センチ×4センチ×5.5センチなのだそうだ。

寒天作りは子育てと同じ、手がかからないほうがいい

生天ができたら、その後は天気とのにらめっこだ。夜に気温がぐんと下がって凍って固まり、昼間よく晴れる日が続けば水分が抜けて乾燥する。天然の力でその行程がスムーズに進めばいい寒天が早くできる。しかし、雨が降ったり、気温が下がらず凍らなかったりするとこまめに人の手を介在する必要がある。寒天にも善し悪しがある。干す行程では生天を干す最初の一晩が大切なのだそう。しっかりと凍ると綺麗な角寒天になる。凍りやすくするために、夕方になると“こおりがき”という生天一本一本に削った氷をかけていく作業が行われる。手のかからない子供は出来がいいのと同じで、寒天も手がかからないほうがいいモノにしあがる。手がかかるか否かは、お天気次第ということになる。

作業を終えると五味さんは「食べてみて」と言って、海の香り漂う作りたての生天(ところてん)をふるまってくれた。普段、私たちが口にするところてんは、角寒天をお湯に戻して再度固めたものである。醤油と酢だけの単純な味付けだが潮の香り漂う懐かしい本物のところてんだった。

○寒天製造問屋 有限会社イチカネト/茅野市宮川6397 TEL.0266-72-2046
○新鶴本店/諏訪郡下諏訪町3501 TEL.0266-27-8620 8:30~18:00 水曜休
○山猫亭本店/諏訪郡下諏訪町立町3574 TEL.0266-26-8192 11:00~17:00・冬季は11:00~16:00 年中無休
○茅野市八ヶ岳総合博物館/茅野市豊平6983 TEL.0266-73-0300 9:00~16:30 月曜(祝日の場合はその翌日)、年末年始休館

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