#14

文・写真:佐藤秀明

2013.08.19

雪どけの4月、心躍る春祭りの準備

新潟県上越の冬は厳しい。特に中山間部の中ノ俣ともなると降る雪の量は半端ではなく、数メートルの積雪は普通のことだ。そんな豪雪に絶えて生活をしているのだから“雪国の人は忍耐強い”と思われるのが一般的な見方ではあるが、実は雪国の人々は、降り続く雪にため息をつきながらもけっこう雪を喜んでいるのだ。積雪量が作物の出来不出来に関係して来るからだ。中ノ俣に何年も通っているが、「負けてらんねえ」と80歳過ぎの年寄りが腕まくりをして雪下ろしをする風景に出会うと、その力強さに驚く。

3月になると、降る雪の量がぐっと減って、春が間近にせまっていることが日差しの暖かさでわかるようになる。4月になると、野山は山菜が一斉に芽吹き、年寄りたちは家の中でじっとしていられなくなる。どの家も、家を雪からガードするための雪囲いの取り外しをはじめる。続いて、雪で荒れた田んぼや畑の手入れや山菜摘み、さらには、雪で閉鎖されていた道が開通されると、遊びに訪れる子供や孫をもてなすご馳走作りもやらねばならない。そして、同時に春の一大イベントである春祭りの準備がはじまる。村の気比神社の掃除や手入れ、しめ縄のかけ直しをする。村人の表情を通年みているなかで、春がはじまるこの時期が中ノ俣のお年寄りにとって最も嬉しい時期であるように感じられる。

春祭りのスタートは村人全員のお祓いから

5月3日、お祭りの初日。例祭に先立って集落のお年寄りが神社にお参りにやって来て祭りは静かにはじまる。中ノ俣を睥睨するようにそびえる周囲の山はまだ雪を冠って冬の装いである。風は冷たいが、村の人々の高揚した気持ちからか、集落は暖かい雰囲気に包まれていた。

朝から宮司さんが集落を巡り、一軒一軒お祓いをして歩く。村の住民は表に出てお祓いを受けるのだが、この時ばかりは寝たきりの人も表に出て来て宮司さんを迎えるのだ。宮司さんの後には神輿が続いて祭りは徐々に盛り上がって行く。人口の多かった昔、神輿は若い衆が担いで集落を巡ったものだが、若い人がいなくなってしまった現在、車に乗せられて静々と移動して行く。

一日目の行事がほぼ終わったところで、中ノ俣に伝わる『猫又伝説』が有志によって演じられる。この出し物を見物するために滅多に表に出ることの無いお年寄りまでも会場の広場へと集まってくる。『猫又伝説』は、昔ここに住んでいた牛木吉十郎という男が世間を騒がせいた猫又と呼ばれる怪獣を退治した話なのだが、実話として中ノ俣では伝えられている。

春祭りが終わると同時に田植えがはじまる

5月4日、お祭りの二日目。この日は神社に作られた舞台で『里神楽』が演じられる。演じるのは毎年お馴染みの宮司さんたちだ。『里神楽』は宮中以外の場所で奏される神楽のことで、神社の例祭日に執り行なう神楽は霊(たましい)を慰めるのが目的と言われている。しかし神楽も時代とともに少しずつ変化して、今は田楽や獅子舞などとともに演じるられるようになった。これは、人里離れた所に住む村人たちにとっての最大の娯楽であり、年寄りたちも毎年心待ちにしている。

そして、春祭りが終わると同時に田植えが始まる。田植え前の田掻き(冬の間に傷んだ田んぼや蛇、ネズミが作った穴を掻き埋める作業)をはじめるところもある。中ノ俣の一年はこの祭りの後からはじまる。

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