#15

文・写真:佐藤秀明

2013.12.16

信仰の里に湧き出る霊水

上市町は富山県東部の北アルプス剱岳の麓に位置する人口22,000の静かな町である。古来より立山修験の裏参道に通じて多くの神社仏閣を抱えていることから信仰の里として知られている。

そんな上市町を訪れたのは、台風が送ってよこす温かい風が剱岳を越えて富山平野に吹き下ろすフェーン現象で、10月とは思えないほど暑い日だった。しかし、剱の前衛にそびえる連山の深い懐に足を踏み入れると、そこは清く冷たい霊水が豊かに湧き出る水の里であった。一汗かいて鬱蒼とした杉の森を行くと、弘法大師ゆかりの清水に出会った。一口水をいただくと心も冷やされるようで気持ちがよい。私はハンカチを取り出して水に浸し首の汗を拭いたり、こめかみに当てたりした。すると、真夏のような日差しに照らされて起こった軽い頭痛がすっと消えた。この水は飲むと頭が良くなるというので、効果のほどを期待しながら次の水を目指すことにした。

真言密宗の大本山に和む名水の音

次に訪れたのは「大岩山日石寺」である。このお寺は真言密宗の大本山で、大岩川の岩に彫られた高さ3.46mの不動明王像が両目をカッと見開いて歓迎してくださった。右手に降魔の力の剣、左手に三昧の智を表す羂索(けんさく)と如意宝珠(にょいほうじゅ)を持つ姿に圧倒される。その他にもこのお寺には歴史的な見応えのある建造物が目白押しだ。ただ、どこに行っても爽やかな心で居られるのは、山門をくぐってから出て行くまで、寺の裏山から流れ落ちる豊富な水の岩を打つ音が絶えず聞こえてくるからだろう。

そんな清水での滝打ちの行はこのお寺の特徴である。冬でも寒修行の滝打ちが出来るので人気だ。夏には涼を求める人でとても賑わうそうだ。帰りに門前の旅館でこの清水を使った名物ソーメンをいただいた。

仏様も神様も人も獣も、ともに生きる「里山」の実感

水の豊かなこの里山からは上市町の平場がよく見渡せる。空気が澄んでいると遠く能登半島まで一望できる。大昔、水に恵まれ山に抱かれたこの地に最初にやって来た人が、ここに住む事を決めた理由がわかるような気がする。しかし、冬の厳しさは想像するのが恐ろしいくらいである。種という集落を歩くと、湿って重い雪から民家や敷地を守るための備えを怠らない家を多く目にする。集落の近くにあるお寺や神社は人々の心の支えだったに違いない。出没する猿やカモシカも里の一員だ。山懐へ入るとむしろ人間の数よりも動物の方が多いくらいである。仏様も神様も人も獣も、ともに生きる里山だ。

現代の熊獲り猟師の仕事

これだけ山の獣と人間が近い所で暮らしているのだから、昔は獣を獲って生活している人たちもいた。東北から北海道の山では「マタギ」と呼ばれ、新潟や富山では「熊獲り猟師」と呼ばれた人たちだ。昔の熊獲りの武器は弓矢と槍だった。江戸時代になって弓から火縄銃が主役になるが、銃を持てるのは熊の胆と毛皮の上納を義務づけられた熊獲り猟師だけだったという。

上市町に住む現代の熊獲り猟師の廣島丈志(ひろしま・たけし)さんの猟に同行させてもらった。どっこい、そんな簡単に熊は現れるものではない。廣島さんが銃を手に山に入るのは主に駆除が目的だ。春の山菜や秋のキノコ採りの季節に山に入る人たちが熊に遭遇しないように山の中で目を光らせるのである。熊の現れそうな場所を熟知した廣島さんが、川を挟んだ山の斜面を指差して言った。「よく熊が現れる場所です」。300メートルはあろうか。廣島さんにかかったら目と鼻の先くらいの距離でしかないのかもしれない。いい猟師は目の良さも誇るのである。

剱岳と仏師

廣島さんと別れてから、仏様を彫る人がいらっしゃるというので会いに行った。住吉聖雲(すみよし・せいうん)さんである。職業名は仏師(ぶっし)。仏像を造る専門家である。剱岳と仏師。ふさわしい組み合わせではないか。いろいろお話を伺ったが、このスペースではとても語りきれないほど深く、興味のある職業だ。お会いするまで仏師という伝統的な名前からの一般的な知識しか持ち合わせていなかったので、暮らし方や心の持ち方まで、仏師として守らなくてはならない規則の中で徹底した自己管理のもとに修行されているということなど、とても興味深く話を伺った。仏師については、また次の機会に書きたいと思う。

12代目になる聖雲さんは、次代を早く息子の太雲(たいうん)さんに継いでもらいたいと常々思ってきたそうだが、今は、美大を卒業し、仏師の道を選んでくれたことに安堵しているようだ。お話を伺っている後ろの工房では息子さんが作品の仏像に盛んにノミを入れている所だった。

上市町観光協会
http://www.kamiichi.jp/

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