#16

文・写真:佐藤秀明

2014.03.25

諏訪大社と温泉のある宿場町

下諏訪温泉は古くから中山道と甲州街道が交わる宿場町として栄え、日本全国に分社をもつ諏訪神社の総本社の門前町ということもあり、訪れるさまざまな階層の人達から慕われた温泉地である。

その温泉の歴史は古代神話に語られるほど、とても古い。昔、諏訪明神の祭神のお妃が上社から下社の地にお移りの時、日頃愛用の温泉を綿に湿し、「湯玉」にしてお持ちになった。そして下社にお着きなり、その「湯玉」をある場所に置いたところ、そこから温泉が湧き出てきたそうだ。そこは「綿の湯」と名付けられたという。また共同浴場の「旦過(たんが)の湯」は修行僧の休養施設で、源泉は鎌倉時代にすでに寺湯として使われていたというから、下諏訪温泉は神様仏様の湯なのだ。

製糸産業とともに栄えた往時の香りに誘われて

下諏訪温泉が最も栄えたのは明治維新後、製糸産業が盛んだった時だ。中山道や甲州街道を通じて生糸が出荷される際の要衝地だったためだ。なんでも運送用の馬のための足湯まであったという。

明治34年に中央本線が開通すると、宿場町としての役割は終えるが、今も色濃く残るその宿場町ならではの雰囲気に魅かれ、また諏訪大社の門前町ということで多くの観光客が訪れている。とくに6年に一度行なわれる御柱大祭のときは大勢の人で賑わう。

銭湯の記憶が蘇える下諏訪の共同浴場

下諏訪温泉には、旅人がちょっと立ち寄って一汗流したり、地元の人が利用する温泉共同浴場が江戸時代から数多くあった。今もなお古い共同浴場が数多く現存してるのも、この温泉の特徴だ。一般家庭にお風呂の無かった時代に、私も親に連れられて行った銭湯の思い出が記憶の中に色濃く残っている。風呂場のタイル絵、混み合う脱衣所……どれも懐かしい。下諏訪の共同浴場ではそんな過ぎ去った景色に今も出会える。現在、源泉は20カ所、共同浴場として営業しているのは9カ所だ。

温泉談義に花が咲く、年寄りたちの社交場

町の中心にある菅野温泉は、昭和、大正のにおいがプンプンと漂う。湯巡りを目的にするなら絶対に外せない浴場だ。時代が止まってしまったかのような場所にあり、早朝の6時に行くと既に多くの人達が湯に浸かっていた。営業時間は朝5時半から夜の10時頃までだ。入浴客のほとんどが地元のお年寄りである。

世間話に花を咲かせていたので話を聞かせてもらった。うなずいて聞いているうちにいつの間にか話しの輪に入ってしまった。東京で結婚式を挙げた孫の話から、東京の温泉に話題が移り、さらには茶色で半透明の湯が体によさそうだったという温泉効能の話へ。そして、白く濁った温泉、匂いもしない日帰り温泉の話など、各々が訪れた温泉を報告する。その内容がなかなか鋭い。「最近は他所から来る人が増えたけんど、洗わねえで出て行くからすぐにわかるよ」と、じい様が言うと、全員が私を見ながらうなずいた。そして「やっぱり下諏訪が一番いい」と言い残して出て行ったじい様の言葉に全員が黙ってうなずいたのである。共同浴場は年寄りたちの社交場なのだ。

入浴後はお決まりのポーズでコーヒー牛乳を飲む……今も昔も変わらない光景

たっぷり汗を流した後、脱衣所でやることといったら、火照った体を団扇で扇ぎ、体重を量ることだ。どの浴場にも古い昔の体重計が置いてあって、乗ると針が音を立てて動く。その後は外に向かって立ち、腰に手をあてて冷えたコーヒー牛乳を飲む。これが湯上がりのよくある光景である。実際、隣りのじい様もそのポーズでコーヒー牛乳を美味しそうに飲んでいた。女湯の方は覗けないが、ほとんどの女性がタオルを頭に巻き付け、洗面具を抱えて出てくる。この光景も懐かしい。下諏訪温泉の共同浴場は今も大正、昭和の香りを残しながら、地元の人達に守られて、町のそこここで静かに営業を続けている。

菅野温泉◎長野県諏訪郡下諏訪町大社通/5:00~21:30 無休/入浴料金:¥220
新湯◎長野県諏訪郡下諏訪町御田町/5:30~22:00 無休/入浴料金:¥220
高木温泉◎長野県諏訪郡下諏訪町高木/5:00~23:00(10:00~12:00は掃除のため入浴ができません) 無休/入浴料金:¥200
旦過の湯◎長野県諏訪郡下諏訪町湯田町/5:30~22:00 無休/入浴料金:¥220
みなみ温泉◎長野県諏訪郡下諏訪町西四王/5:00~21:30 無休/入浴料金:¥220
矢木温泉◎長野県諏訪郡下諏訪町矢木東/5:30~21:00 無休/入浴料金:¥220
下諏訪老人福祉センター◎長野県諏訪郡下諏訪町/17:00~22:00 無休/入浴料金:¥220

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