山岳信仰の里の精進料理

#18

文・写真:佐藤秀明

2014.10.08

日本三大修験山・出羽三山の一つ、羽黒山

精進料理は本来、修行中の僧侶が修行の一環としていただく、魚や肉を一切使わずに調理された食事のことで、中国から伝わり仏門の中で発展した料理である。

仏教で「精進」とは修行を行うという意味がある。「精進料理」は禁制に従い、地産の旬の野菜にこだわった料理だが、どこの宗派でも食事のしかたや作法があり、僧侶のみならずわれわれ世俗にまみれた人間の間でも、健康に良いということでとても人気が高い。

今では日本中何処へ行っても精進料理が食べられるが、出羽三山の一つ、羽黒山では壮大な雰囲気の中で伝統的な精進料理をいただくことができる。

出羽三山は月山、羽黒山、湯殿山の総称で、それぞれの山に神社が鎮座していて、江戸時代には「東国三十三カ国総鎮守」とされ、熊野三山(西国に十四カ国総鎮守)、英彦山(九州九カ国総鎮守)と共に「日本三大修験山」として多くの信徒が三山詣でを行なった。遠くからやって来る修験者や参拝者の精進潔斎のために宿坊で供されたのが精進料理だ。

出羽三山詣で発展した宿坊街

宿坊というのは本来、参拝者が参拝の前に心身を清めるための宿なのだが、現在は参拝者だけではなく、登山者、羽黒山の五重塔(国宝)や日本最大の茅葺き建造物である社殿などを見物に訪れる観光客も泊って精進料理を楽しんで行く。

宿坊が集中する羽黒山の門前町手向(とうげ)には、現在30数軒の昔ながらの素朴な宿坊が営業しているが、江戸時代後期には300軒以上もあったそうだ。平成5年には参拝者が180万人も訪れたということだが、東日本大震災後はだいぶ減ってしまった。しかし、普通の旅館とはひと味違ったスタイルが人気を呼び、最近は外国人を含め宿泊客が増えつつあると言う。

「精進」とは「手間暇惜しまず」の意

お世話になったのは手向(とうげ)で宿を始めて300年という歴史のある多聞館(たもんかん)。当初は宿坊「多聞坊」としてスタート。「宿坊時代から代々引き継がれて来た“おもてなしの心”は同じです」と11代目土岐彰さん。お母様の智子さんと妻の由紀さんによる胡麻豆腐と湊揚げを作る様子を見せていただいたが、「精進」の名に値する手間のかかる料理だ。

仏教と神道では精進と言う言葉の意味が微妙にちがう。“手間暇惜しまず”が仏教。“外部の穢(けが)れから身を断つこと”が神道だ。そんな精神の籠った料理を作る事、食する事、そして料理の一つひとつに出羽三山信仰に所以のある場所の名をつける事で、聖なる山からの命をいただくという感謝の念を抱く。これが出羽三山の精進料理である。

手向では伝統的な精進料理メニューを継承することを目的に、3年前から出羽三山精進料理プロジェクトを立ち上げ、みんなで食材の入手先の情報交換をしたり、昔のレシピの勉強会をするのだそうだ。今では、宿泊しなくても、昼食に精進料理をいただける宿もあるそうだ。

一般の人も参加できる七日間の苦行、「秋の峰入り」

折しも取材当日は、「秋の峰入り」という羽黒山伏の資格が与えられる羽黒古修験の中で、最も大切な行事が行なわれていた。総勢156名の山伏たちが手向の宿坊街の中を歩いていく風景に厳かな気分になった。山伏たちの見送りで道に出た住民たちはみんな頭を下げて、「ご苦労様です」との声をかけているのが印象的だ。彼らは新しい命を宿すために、死者となり、受胎をし、苦行を終えなければならない。この行事を見届けたあとの精進料理の取材となった。

ちなみに、観光客が減少する中でも、反対に数を増やしているのが、「秋の峰入り」への参加者数だ。その大半が一般社会人であり、参加の理由も、これまでの人生を見つめ直すという人が多いのだそうだ。

山形県鶴岡市羽黒町観光協会
http://hagurokanko.jp

多聞館
http://www.tamonkan.net/

いでは文化記念館
http://www.tsuruokakanko.com/haguro/kankou/ideha.html

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