鮭文化とともにある、村上の暮らし

#20

文・写真:佐藤秀明

2015.05.08

我が子の健やかな成長を願う、江戸時代からの風習

伊豆の稲取には、江戸時代から続く「つるし雛」というものがあるということを知ったのは今から10年以上も前の事だ。釣りに訪れたにもかかわらず、温泉街を歩きながら商店という商店のウィンドーにぶら下がった雛飾りの素晴らしさに感動して、釣りを忘れて町を歩き回ってしまった思い出がある。その時の鯛の釣果よりもつるし雛の方が強く印象に残っている。

稲取ではそのつるし雛のことを「雛のつるし飾り」と呼ぶ。雛のつるし飾りは、さまざまな想いを込めて作った人形を雛壇の両脇につるす飾りである。人形には、食に恵まれるようにと願う「すずめ」、お金に困らないように願う「巾着」、働き者になるようにと願う「俵ねずみ」、そして丈夫に育ってほしいという願いが込められた「ほおずき」や「柿」など、40種類ほどある。それら11個を赤い糸で繋げたものを10本ひとまとめにしてつるす。愛らしい人形の一つひとつから伝わってくるのは、我が子の健全な成長を願う親の気持ちだ。

高価な雛飾りの代わりに古い端切れで作った人形を飾ったことがはじまり

雛のつるし飾りは雛祭りが近くなると、豪華さを競うように街中のいたる所につらされる。それを見ながら散策をするのが楽しい。

稲取と言えば温泉と金目鯛が有名な港町。雛のつるし飾りは元々「ツルシ」と呼ばれ、さほど有名ではなかったそうだ。雛人形はとても高価で庶民には手が届かなかったため、親戚や近所の人たちが持ち寄った古い端切れで作った素朴な人形を飾ったのがつるし飾りの始まりといわれている。手工芸品の生産が盛んな土地柄、雛人形の代わりとして飾られていた。しかし、子供が成人すると、新年の「どんど焼き」で焚き上げてしまうため、古いものはほとんど残っていないそうだ。そのため、次第に忘れられ、昭和30年頃になるとこの街の人たちもツルシに特別な想いを持たなくなってしまった。

平成5年、稲取の伝統和裁細工を受け継いで来た婦人会によるツルシ製作講座を通じて、ツルシを「雛のつるし飾り」と名称を改めたことにより、徐々に見直され始めた。一時途絶えた江戸時代からの風習は受け継がれ、今では、この地に独特の文化をもたらしている。「雛のつるし飾り」には稲取の人たちの素朴な暖かさが漂っているのである。

約11,000個の手作りの飾り細工がつるされる「雛のつるし飾り祭り」

例年、1月20日~3月31日の春に行なわれる「雛のつるし飾り祭り」の飾りは目を奪われるほどの美しさである。期間中に開かれる文化公園内の「雛の館」には約100対のつるし飾りが飾られる。約11000個の人形がつるされる風景は圧巻だ。

この時期は「雛の館」以外にもつるし飾りを展示している施設がいくつかあり、観光客の目を楽しませている。特に今年からスサノオ神社の参道の階段を雛壇に見立てて、雛人形を飾るイベントは必見だ。鳥居から本殿までの117段の階段を雛人形が埋め尽くしたという。

つるし雛の風習は全国でも珍しく、稲取の他に福岡県柳川の「さげもん」、山形県酒田の「傘福」で行われており、「全国三大つるし飾り」といわれている。共通しているのは、どの地域でも江戸時代後期が起源と言われている。いつか訪ねてみたいものだ。

稲取温泉旅館協同組合
www.inatorionsen.or.jp

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