2015.06.30
5月中旬。奥会津の爽やかな初夏は始まったばかりだった。青空の下、新緑は深みを増し、目の前には菜の花畑がどこまでも続く。田んぼを見下ろす山や森は今まさに成長の季節を迎えている。聞こえるのは、そよぐ風と野鳥のさえずり、そして春ゼミの鳴き声だけだ。
JR只見線川口駅近くの小さな食堂の前で、長身でダンディーな猪俣昭夫さん(64歳)とお会いした。猪俣さんは奥会津日本ミツバチの会の会長である。
日本の養蜂は西洋ミツバチが主流である。蜂蜜の生産量が多い西洋ミツバチは欧米より輸入され、明治以降、全国に普及した。現在、日本の養蜂業者の大半は、西洋ミツバチの蜂蜜を集めている。
西洋ミツバチが日本に入って来る前は、庭先などに巣箱をこしらえて日本ミツバチによる日本古来の養蜂が行なわれていたのだが、西洋ミツバチの普及で日本ミツバチの養蜂は減っていった。神経質で巣を放棄しやすい日本ミツバチは、養蜂家から次第に見放されてしまったのだ。
ところが西洋ミツバチや大型のハチに圧倒されながらも、大自然の中で一生懸命に生きている日本ミツバチが、最近、見直されている。西洋タンポポに占領された感のある野山で日本タンポポを見つけた時の喜びをミツバチにも求めるのは大げさかもしれないが、日本古来のものには頑張ってもらいたい。
そんな日本ミツバチの養蜂に情熱を傾けているのが猪俣さんだ。早速、奥会津の山と森に仕掛けた巣箱を案内していただいた。
猪俣さんは若い頃から日本ミツバチについて学び、8年ほど前から本格的に養蜂を始めた。養蜂の魅力を猪俣さんに尋ねてみた。「ハチを見ていると癒されるんですよ。皆さんが動物を見て癒されるのと同じです」と静かに語った。「それに、ハチと向き合うことは自然にとけこむことではないですか?」と言葉を続ける。たしかに、猪俣さんの行動範囲は広い。家の近所のちょっとした草原や川原沿い、近隣の山の中の植物や動物をとてもよく観察している。野鳥、山野草、動物の足跡などから、一つひとつの情報をキャッチし、頭の中で点と点を繋げ、全体の循環を把握する。自然の中に生活の囲いを持つのではなく、自然にとけこんだ暮らしを実践しているのだ。
日本ミツバチの蜜は、いろいろな花の蜜がブレンドされた百花蜜だ。西洋ミツバチの蜜と違って、コクがあるといわれている。もちろん西洋ミツバチの蜜にはそれなりの良さがあるのだが、日本ミツバチが多く暮らす奥会津に居を構えていればこそ愛おしくなるのは、やはり日本ミツバチなのである。
翌日は山を案内していただいた。山に入る前に山の神様に手をあわせることも忘れない。山の神様に挨拶をして頭を上げると、私に向き直って言う。「山を感じてください、山に興味をもってください、こうして歩くことで山の感じ方がわかるはずです」と。
5月の山にはツツジ、キリ、トチノキと様々な花が咲き乱れていた。けもの道を1時間程歩いてみた。「ウグイスが上手にさえずるようになりましたね」「この木の傷は熊が印としてつけた傷です」「この奥に沢があるので、そこに熊が来るのですが、今年まだ現れていないことから推測するに小熊がいるのかもしれませんね」………。そんな話をしながら、静かに森を案内してくださった。杉の木を植林したエリアと原生林のエリアに群生する野草の違いなども丁寧に教えてくださった。
山から戻り、春ゼミの鳴き声を聞きながら木陰に腰を下ろして握り飯を食べた。ゆで卵の殻についた塩は動物が喜ぶから置いていくのだそうだ。雲ひとつない奥会津の春だ。谷底にはまだ解けきらない雪が残っていて、冬の厳しさを物語っていた。
冬には狩猟もするという猪俣さんは、特に熊の話になると力が入る。むやみに熊を仕留めるのではなく、自然の営みとしての猟が理想だと語る。魂をいただくという想いを抱きつつ、猟師も自然の一部でなくてはならない。そのために厳しく己を律しながら山を歩く。名刺にマタギと印刷したのはあくまで自分への戒めなのだと言う。
猪俣さんを追ったドキュメンタリー映画「春よこい~熊と蜂蜜とアキオさん~」(安孫子亘監督)の公開が近い。福島の美しさが存分に描かれている映画なのだそうだ。
奥会津には素晴らしい日本が残っていた。
奥会津日本みつばちの会
福島県大沼郡金山町大字川口字森ノ上481-3
TEL:0241-54-2649