#03

文・写真:横塚眞己人

2012.01.17

地球温暖化の影響? 稲刈り時期の台風

6月、ふたたび西表島の祖納集落に星公望(ほし・きみもち)さんを訪ねた。

彼の生業は稲作農業。6月の西表島は稲刈りの時期で、星さんは田んぼでコンバインを動かしていた。

星さんはボクのすがたを見つけるとコンバインから降りてきて、開口一番に「5月の台風で、稲がみんな倒れてしまったさぁ」と嘆いた。おまけに、追い打ちをかけるように、あらたに発生した台風がせまっている。「次の台風が来る前に、稲刈りを済ませておかないと、みんなダメになってしまう」と無残に倒れている稲穂に視線を向けた。陽が差したかと思えば時折ぱらぱらと雨が降ってくる不安定な天気が、迫り来る台風を物語っていた。

星さんは、脱穀された米を「1年の収穫だからねえ」と呟きながらかたい表情で袋に詰めた。例年より米の質が良くないようだ。昔からさまざまな災害を受けながらやってきたけど、稲刈り時期の台風なんて記憶にないという。これも、地球温暖化の影響なのかもしれない。

民具作り用の藁は手刈りで調達

収穫した米を乾燥機に移すと、星さんは鎌をもって、再び田んぼへ向かった。稲は完全に横倒しになってしまうと、機械では刈りにくいので手刈りをするのだという。それに、民具作り用の藁もほしいから、と言いながら稲穂の根元に鎌の刃をあてた。稲穂が星さんの手で、小気味よく刈られていく。手刈りの方法は、人によって微妙にちがうようで、「熟練すると一気に2株ずつ刈ることができるんですよ」といいながら実演してくれた。それができる人は、当然早く仕事が終わる。いっしょに稲刈りをしている人から、どうしてそんなに早いのかとよく尋ねられたそうだが、「やり方は教えないんですよ」とうれしそうに話す。そうした競争は稲刈りだけでなく、田植えのスピードや刈った稲を何束持つことができるかといった力自慢などで、そのために知恵を絞りそれぞれが創意工夫しながら辛い仕事への士気をあげていたそうだ。「ぼくはどれも一番だったよ」そういって、星さんは無邪気に笑っていた。

刈った稲を束にしてバラバラにならないように稲穂でくくってから、切り株の上に置いていく。手刈りした切り株を見ると斜めにスパッと切られていて、コンバインで刈った切り株よりも高さがあった。切り株を高くする理由は、昔の田んぼは、水が1年中はりっぱなしだったので、切り株に稲を置いたときに濡れないようにするためだと説明してくれた。もう一つの理由は、藁細工のためだという。コンバインで刈った藁だと根元から低い位置で刈ってしまうので、わら細工をするときに1本1本ハサミで不要な部分を切らなければならないので、一工程余分な作業が増えてしまうそうだ。次の使い道であるわら細工のことまで考えながら稲刈りをしていたわけだ。

「よく母親が夜なべをして縄を編んでいたなあ」

藁細工では、おもに、縄やほうき、円座(インザ)と呼ばれる敷物、ズーシーと呼ばれる混ぜご飯や芋を蒸すときに使う鍋のふたなど、さまざまなものが作られていたそうだ。「昔は稲刈りの時期に、農作業の合間に家族みんなで稲藁を使って縄を編んだり、ほうきを作ったりしていたんですよ」と、暮らしぶりを説明してくれた。稲藁の縄はいろいろなモノに役立ので、30尋(じん)で5円くらいの稼ぎになったという。(1尋は1.8メートルだが、漁師や釣り人の水産用語では1.5メートルとされている)。「よく母親が夜なべをして縄を編んでいたなあ」と語る星さんの視線は遠くにあった。

昔話に花がさき、星さんの表情がいつの間にかほぐれていた。「本当は藁を乾燥させてから作るんだけど」といいながら、星さんは藁ぼうき作りをはじめた。20分くらいで2種類の藁ぼうきが出来上がった。一つは藁の束を真ん中で折り曲げたシンプルなものだが、足踏脱穀機や土間の掃除によく使われたそうだ。「これで土間をふくと、コンクリートのように固くなるんですよ」と話に熱が入る。

別のタイプの藁ぼうきは手が込んでいて形が美しい。「このデザインは、西表島だけなんです」と誇らしげに語る。昔の家は、畳ではなく板張りだったので、このほうきが役に立ったそうだ。藁ぼうき作りは、何十本も作り置きをして1年間使ったそうだ。また、ほうきは稲藁だけでなくススキの花穂でも作る事ができるので、星さんが子供の頃は、児童たちがススキぼうきを作ってみんなで学校の掃除をしたそうだ。話をする星さんの目の奥が、完全にタイムスリップしているのがわかった。

知恵の痕跡を稲作文化の中に観想する

水田を目の前に聞く星さんの話はとてもリアルで、ボクの頭の中をセピア色の世界が流れていく。話の中で、ボクは知恵の痕跡をたどっていた。そして、それが稲作文化の中にあることをあらためて実感した。西表島・祖納集落における稲作文化をもっと知り、稲作の1年を通じて知恵の痕跡をたどってみようと思った。

そんなことをぼんやりと考えていると、「どうせ乾燥機が働いている間は待たなければならないから」といいながら、また星さんが何かを作りはじめた。物作りの導火線に火がついてしまったようだ。星さんの手にかかると、稲藁があっという間に形作られ、まるで命が吹き込まれたように表情すら感じるようになる。今度の作品は円座(インザ)だった。円座は豊年祭などの大切な行事で神司が座るための特別な敷物で、神司しか使わないので一般の人が作ることはなかったそうだ。もちろん、円座には一般の人が座ることはできない。円座は直径が80㎝から1m位だが、最近では民芸品店で花瓶などの敷物として小型のものが売られている。「ぼくが作った円座を神司が使っているから、豊年祭の時に是非いらっしゃい」と星さん手を止めずに微笑んでいた。

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