2014.01.27
ヒカゲヘゴ(バラピ):奄美大島以南の琉球列島で見られる木生シダ。ヒカゲヘゴを含む木生シダはランなどの着生植物の根付きをよくする「ヘゴ板」「ヘゴ鉢」の材料として重宝される事から、絶滅の危機が危ぶまれ、動植物を国際的に取引の規制するワシントン条約に指定されている。
祖納集落の村人から「バラピを採りに行くぞ」と声をかけられた。バラピとはヒカゲヘゴというシダ植物のことで、西表島の伝統行事・節祭(シチ)で使われる食材の一つだ。
あいにくの雨模様だったが、公民館にノコギリや鉈を持った村の男たちが集合していた。男たちは数台の車に分乗し、バラピがたくさん生えている山間部の谷間へ向かった。シダ植物の食材といえば真っ先に思いうかぶのはワラビやゼンマイであろうが、ヒカゲヘゴは高さが10メートルを超える木性のシダだ。バラピ採りはワラビやゼンマイのように「摘む」というわけにはいかない。ノコギリや鉈を使って豪快に切り倒すのだ。
男たちは車を降りると一斉に森の中へ散った。ぼくもそのあとを追った。谷間の斜面に、たくさんのバラピが生えている光景が目の前に広がった。巨大なシダ植物が群生する様子に、恐竜が闊歩するジュラ紀の風景を思い描いた。年配の村人はバラピをすぐに切ろうとはせずに何やら吟味している様子だったが、若い青年はいきなりノコギリの刃をたてていた。青年がノコギリを引こうとした瞬間「待て」という声が森に響き渡った。青年にストップをかけたのは年配の村人で、彼は「それを倒す気か」と青年にたずねた。青年は豆鉄砲をくらったような顔で、きょとんとしている。「それを倒しても、中がふわふわして食べられんさ」と言いながら、年配の村人がバラピを手のひらで軽く叩いていた。「えっ、どうして?」という質問が反射的にぼくと青年の口から出た。
年配の村人は若い青年たちを一箇所に集め、バラピの選び方講習をはじめた。
食べられるかどうかは、まず、幹についた模様から判断する。バラピの幹を見ると、小判型の模様がたくさんついている。これはバラピが生長するたびに葉柄が落ちたあとで「葉印」と呼ばれている。この葉印の間隔が広いものは食べられる。また、葉柄の広がり具合が、縦に延びているものは食べられるものが多いが、横に広がっているものは美味しくないという。他にも葉柄に見られる毛の生え方や葉柄から出た新葉の位置などもチェックするそうだ。
物作りを取材していたときに、しっかりとした素材集めが重要で、それを見極める目をもたなければ何事も始まらないということを思い出した。レクチャーをおえると青年たちは森へ散らばり、真剣な表情でバラピを一本一本吟味していた。
バラピは集落へ持って帰ってから、「皮むき」される。「皮むき」とは幹の表面を鉈でそぎ取る作業だ。「皮むき」をすると白い茎があらわれて、その部分が食用となる。その色と形から「山大根」と呼ばれている。バラピは、茎の部分以外にも食べられる場所がある。それは渦巻き状の新葉の部分だ。新葉の採集は植物そのものを切り倒す必要がないので、森に与えるダメージがほとんどない。新葉は切り取ってもまた新しいのが出てくるので、郷土料理の食材に使っているお店もある。新葉は生でも食べられるようだが、通常は茹でたり天ぷらにする。ぬるっとした食感で、ほんのりした青臭さが鼻に抜ける感じだが、ほとんど癖がない。山大根は新葉と違って、バラピを切り倒さなければならないので、1年に一度だけ、節祭の時だけにしか食べることのできない貴重な食材ということになる。
「皮むき」された山大根は時間が経つと茶色く変色していた。かなりアクが強いようだ。山大根は板状に切られ、アク抜きのために水を張った大きな鉄鍋に移された。茶色く変色した板状のバラピが水に浮かぶようすは、食材というより材木そのものだった。
バラピ採りと皮むきまでは男の仕事だが、その後の調理は婦人たちに引き継がれる。節祭では来賓のために300〜500の折詰が準備される。折詰と桟敷で見学する公民館役員や神司たちに振る舞われる料理に山大根は欠かせない。山大根は牛などのだし汁で煮込んだあと、味付けされる。折詰の中味は、バラピ、コンブ、寒天、魚の天ぷら、牛肉か豚肉、赤飯など7〜8品目が入っている。
節祭は3日間おこなわれ、来賓を招く2日目のユークイ行事の当日にすべての料理が作られる。村の婦人たちは夜明け前から大量の折詰と行事に必要な料理を作りはじめる。この時に山大根を味見させてもらったが、しっかりと煮込まれて味がしみているが、繊維が口の中に残る感じがあった。その食感が珍味なのかもしれないが、正直、舌鼓をうつほど美味しいとは感じなかった。
ユークイ行事が始まると、来賓席では折詰のバラピを頬張りながら節祭の行事を楽しそうに見物する姿があった。桟敷で行事を見物する役員や神司には、料理の詰まったお重をもった女性が「どれにしますか」ときいてまわり、受ける側はお重の中の食べたい料理を2〜3リクエストしていた。そのやりとりを見ていると「バラピ」とリクエストする人が多かった。女性は料理を箸で取り、相手の手のひらにそっとのせた。
ぼくのところにもお重をもった女性が来た、ぼくも思わずバラピをリクエストしてしまった。味見の時には、さほど美味しく感じなかったバラピだが、節祭を見物しながら食べるバラピは、ひと味違うように感じた。それは何故なのか考えてみたのだが、バラピから村の伝統の香りをかぎ取れたからなのかもしれないと思った。
左から)
○節祭は農民の正月を迎える行事でもある。3日間おこなわれ、初日は「としのゆう」と呼ばれる大晦日。海からひろってきたサンゴの小石と中柱と周囲の柱を結ぶための「シチカズラ」を床の間に用意する。
○節分の豆まきのように、サンゴの小石を屋敷内にまきながら清める。
○最後に門のところへまいて、悪霊が家の中に入ってこないように清める。
○柱にまかれた「シチカズラ」。イリオモテシャミセンヅルやフタバカニクサを使う。これも魔除けの意味がある。
左)2日目のユークイ行事で見られるミルクの行列。旗頭を先頭に公民館から「船元の御座」と呼ばれる前泊海岸を目指して練り歩く。ミルクは神々の住むニライカナイからやってきた五穀豊穣をもたらす神様といわれている。
右)船元の御座で、舟こぎや棒踊り、獅子舞、狂言などを村人が演じる。