ヌキジャーの古民家・新盛家の修復(3)

#13

文・写真:横塚眞己人

2016.11.30

屋根に茅をのせる土台作り、竹のユチリ編み

新盛家の屋根にかけられたブルーシートが外され、いよいよ本格的な修復作業がスタートした。すでに古い茅が取り除かれてむき出しになっている屋根には、3ヶ月前に泥まみれで切り倒したマングローブ(オヒルギ)の垂木がはめこまれていた。

最初の作業は、竹とクーチ(トウツルモドキ)を使った「ユチリ編み」だった。竹を屋根の上に敷いて茅をのせる土台作りだ。老人たちがユンタクをしながらバダとりをしたクーチが、ここで使われる。この日は屋根の上にベテランから未経験の若者など、6人の村人がのぼった。それ以外の人たちは、ジーマーリャーと呼ばれる地上からのサポート係だ。屋根の上のベテランの中には、70歳を超える人もいる。年齢的に屋根に上がるのはリスクが高いが、10年に一度の改修作業なので、若い世代に昔ながらの家の作り方を伝承しなければならないという使命感を感じた。

最初に屋根の一番下の梁にクーチを結び、横一列に並んで竹を1本ずつクーチで編んでいく。ぼくも屋根の上にのぼり、作業をしている人たちに、竹を補充する手伝いをした。ジーマーリャーから15〜20本の竹の束をもらい、状況をみながら1本ずつ渡していく。これが意外に簡単ではない。どういう長さのものが必要なのか、作業を見ながら判断しなければならない。丈の足りない場所では、短い丈を使って竹と竹を繋ぐのだが、竹の根元と先端を交互に編んでいくので、作業がしやすいように、竹の向きを考えて渡す必要がある。竹を渡す人、クーチでとめていく人、下から補充する人の息が合ってくると作業が早くなる。最初はぎこちなかったが、何とかぼくも作業の輪の中に入ることができた。

作業する人数が少ないこともあり、1日では終わらなかった。ユチリ編みの竹が新盛家の屋根を覆うのに2日間かかった。屋根の上で、ベテランの村人が美味しそうにたばこの煙を吸いながら、昔はもっと大勢で作業したから、茅の葺き替えだけだったら1日で終わったものだ、と遠くに視線を起きながら話していた。彼の眼には、きっとその頃の光景がよみがえっているのだろう。

糸を通した針を布に通すのと同じ要領で行う茅葺き

ユチリ編みが終わると、茅葺きの前に必要な道具と家の天辺に付けるかまぼこ形の「イリヤ」と呼ばれる飾り作りが始まった。道具で欠かせないのが、通し棒とよばれる直径3センチくらいの竹の先を尖らせた縄を通す道具だ。通し棒のことを村人は「ハリ」と呼んでいた。ハリは、まるで竹槍のように先端が鋭く尖らせていて、先端よりも20センチくらい下にロープを通す穴があけられていた。ハリに使われる竹はできるだけ真っ直ぐなものが選ばれるのだが、少しでも曲がりがあれば、バーナーの火であぶりながら修正する。バーナーがなかった時代は、火をおこして作業したそうだ。曲がりを修正するだけでなく、焼くことで虫もつきにくく、長持ちするのだと村人が語ってくれた。

準備が終わるといよいよ茅葺き作業の開始だ。屋根の上には3人ずつ2組がのぼり、対角線がスタートラインとなる。そして、屋根の下にはハリを持った人が1名ずつ配置される。

屋根の上では茅束の結びをほどく人、その茅を屋根の上に葺く人、キーブクと呼ばれる1.5mくらいの木の棒と縄を使って茅を固定する人の連携で作業する。キーブクと屋根の内側の垂木を縄で結んで固定するのだが、このときに下で待機しているハリを持った人との連携が重要なのだ。茅葺きは、この二人の息が合わないとスムーズに作業が進まない。まずは、屋根の上の人が「イデヨォリー」と下の人に声をかける。それを聞いた下の人は、天井に向けてハリを差し込み茅を貫通させる。貫通したハリの先が屋根の上に頭を出すと、上の人はハリにあけられた穴に縄を通し、「トォー」と声を張り上げて下の人に合図を送る。すると、下の人は縄のついたハリを引き、その縄を垂木にまわして再び縄付きのハリを屋根の上に突き出す。上の人はハリの穴から縄を抜き、再び「トォー」と合図を送る。下の人はハリを引いて次の合図を待つ。上の人は縄をキーブクにきつく締めるという手順だ。これを何度かくり返すことで、キーブクの端から端までが固定され、茅は屋根に固定されていく。

この作業、イメージとしては糸を通した針を布に通すのと同じ要領で、敷かれた茅にハリを使って縄を通すといった感じだ。そう考えると、竹で作ったハリはまさに巨大な針ということになる。作業を見ていると、「ハリ」の語源が「針」からきているのだということが説明を受けなくても理解できた。

「イデヨォリー」と「トォー」というかけ声の繰り返しが、いつしか阿吽の呼吸となる

上と下で作業している人にとって、お互いに状況が見えないので、信頼と阿吽の呼吸が成り立たないとむずかしい。特に下でハリを使う人は、屋根の上の状態が手にとるようにわからないとならないので、上の作業を経験したことのあるベテランにしかできない仕事だ。昔は足の裏や顔、目などにハリが刺さって怪我する事故もあったそうだ。上で作業をしている人にとって、ハリが飛び出てくる瞬間は緊張するそうで、下の人の勘違いでハリが関係ない場所に出てきたときなどは、つい声を荒げてしまうこともあり、上と下とで険悪なムードになることもあったという。あとで聞いた話だが、普段から仲の悪い人と組んだときに、心の中で「こいつめ」と思いながらハリを突き上げるのだ、と怖い冗談を聞かされた。

「イデヨォリー」というかけ声は、お願いしますというような意味の丁寧な言葉なのだそうだ。丁寧な言葉を使うことで、すこしでも屋根の上と下の関係を良好にするための知恵だったのかもしれない。

「イデヨォリー」と「トォー」の声が、すき取った空気の中に響きわたる。そのやり取りが、積み重ねられるたびに新盛家の屋根は茅で覆われていく。何度もくり返される村人の発するかけ声が、なんとも心地よかった。

家の完成は、今も昔も古謡「ヤータカビ」で祝う。

その夜、無事に茅葺きが終わった新盛家で、「ヤータカビ」が行われた。ヤータカビとは、落成祝いの事だ。すべての村人が新盛家に集まり、家主が中柱にニンガイをすることが始まる。ニンガイとは祈りとか願い、さらには感謝のことで、家主は、事故もなく無事に落成できたことへの感謝の気持ちを神様に伝えていた。

ドラの音を合図に祝福の古謡「ヤータカビ」が唄われた。古謡では三線は使われない。15番まで歌詞があり、長老が1番を歌い終わると、全員が同じ歌詞を唄い2番へ進むといった具合でくり返される。歌詞の内容は古い方言が使われていて、さっぱり意味がわからないが、新築した家を神様も大工さんも家づくりに参加してくれた人全員が祝ってくださいという意味らしい。また、歌詞の中に、トウツルモドキ、イヌマキ、イスノキなど家づくりに使われる材料がたくさん登場する。

今の時代新しく新築するとしたら台風に強いコンクリート造りにどうしてもなってしまう。それでも落成すればヤータカビのお祝いをするので、古謡のヤータカビが唄われる。歌詞の内容を解説してくれた村人が、「最近の家にこの歌詞は当てはまらない」とぽつりと言った。その表情は、ちょっと寂しげだった。この歌の内容にあった家は、残念ながらもう新盛家しか残っていない。

先人達の残したさまざまな知恵を時代がブラックホールのように呑み込んでいく。生活の中で磨き上げられてきた知恵が痕跡化していくことで、この地方の文化の灯火が消えかかっていることを感じざるをえなかった。

ニュース&トピックス

Close