#01

文・写真:内野加奈子

2010.05.07

ホクレアの物語に魅せられて

私は現在、太平洋の真ん中に浮かぶハワイを拠点にしながら、人と自然のかかわりをテーマに活動しています。ハワイにやってきたのは、今からちょうど10年前。<ホクレア>という伝統航海カヌーの存在を知ったのがきっかけでした。

ホクレアは、近代計器を何ひとつ使うことなく、星や太陽の動き、風や潮の変化などを読みながら、水平線の彼方に浮かぶ島への針路を見出していく航海カヌーです。地球の3分の1を占める広大な太平洋に人間が暮らし始めたのは、今から5千年ほど前のことだといわれてます。この太平洋への人々の拡散は、約 5万年前にアフリカから始まった人類の世界拡散という壮大なドラマの最終章を飾るものでもありました。ホクレアは、かつて太平洋の島々に渡った人々が、一体どうやって海を渡り、島を見出していったのか、ということを再現したカヌーでもあります。

ホクレアの物語に魅せられた私は、ハワイに渡り、伝統航海術を学び、やがてクルーとして受け入れられ、ハワイの島々の間や北西ハワイ諸島への航海に参加するようになりました。

洋上のホクレアから見た日本

それから数年後、ホクレアが次なる航海の目的地として選んだのが日本。ハワイからミクロネシアを経て日本へと向かう、5ヶ月、1万3千キロの航海です。海と空だけに囲まれる時間、夜の海に映る星灯り、水平線の向こうに見えてきた沖縄の島影、かけがえのない瞬間の連続だったその旅は、自然とのつながりの中で生きることの意味をあらためて問いかけてくれるものでした。忘れがたい思い出は数多くあるのですが、なかでも強く印象に残っているのが、海から見た日本の島々の美しさと、そこにある暮らしの多様さです。

日本には6852もの島々があると言われています。人が暮らしている島だけでも4百以上。それぞれの島に受け継がれてきた文化や伝統が、今も数多くの場所に残されていました。

厳島を訪ねたときのこと。島に停泊し、1400年の歴史のあるお寺に泊めていただくことになりました。その境内を歩きながら、ひとりのハワイアンがふとこう言いました。
「この場所に価値を見出し、後に受け継ごうという人が、1400年もの間、決して途絶えなかったというのは、本当にすばらしいことだね」

1400年という年月を、単に数字として捉えていた私とは対照的に、彼はその中に、それぞれの時代を生きた一人一人の存在を見出していました。途切れることなく続いてきた人から人へのつながりに価値を置いた彼の言葉に、私たち日本人はそんな特別な思いで自分たちの文化を見つめているだろうか、と考えさせられました。

続いて訪れた広島では、残念ながら、その逆の状況を目の当たりすることになります。ホクレアを海で出迎えてくれたのは、瀬戸内の木造船、打瀬船。帆を広げた姿がなんとも悠然とした美しい船です。真横に進みながら網をひくことができる機能性の高さから、ついひと昔前まで、瀬戸内の複雑な潮流のなかで、現役で活躍していた漁船だそうです。

日本にもこんな船が残っていたんだ、とうれしく思いながら港に入り、話を聞くと、その打瀬船は、あたりに残された最後の一艘であるばかりでなく、ホクレアの出迎えのために帆を開くのを最後に、海から上げられてしまうことが、もう大分前から決まっていたとのことでした。

船を維持するための人手も場所も資金もない。いとおしそうに船を撫でながら、ひと昔前のお話をして下さるみなさんの姿は、その決断が決して簡単なものではなかったことを物語っていました。

船が使われなくなることで、潮流や風の読み方、季節の変化や魚たちの特徴など、この海で培われてきた知恵の数々も、いつしか消え去っていってしまうのかもしれません。価値がないから失われるのではなく、目を向けられないがために誰知れることなく消えていく知恵。それな状況が今、日本中で起こっているように思います。

知恵がなくても、私たちは生きていけるのかもしれません。けれでも、ただ生きることと、豊かに生きることの間には、大きな違いがあるのではと私は思っています。そしてその鍵を握るのが、自然の中で培われた知恵の存在なのでは、と。

季節の変化を愛で、旬の食べものをいただき、暮らしの中に自然のリズムを取り入れながら、日々に彩りを添えてきたのが日本の文化だと思います。自然という壮大なしくみの中に生きる私たち。そのつながりを実感できるとき、私たちはごく自然に深い喜びを感じるのではと思います。自然と共にある暮らしの中で生み出されてきた知恵は、その喜びの源として、豊かな自然に恵まれた日本の島々にさらなる色を与え、輝かせてくれているのだと思います。

「知」に「恵み」という字をあてた、かつての人々の想い。それを受け継ぎ、育てていくのも、途絶えさせてしまうのも、私たち次第なのだろうと思っています。

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