#03

文・写真:高草操

2012.03.28

馬搬技術を継承する3人の馬方さん

「馬搬(ばはん)」、それは馬と人が山から木材を運ぶ作業のことです。かつては日本全国で見られた伝統技術ですが、機械化が進んだ上に切り出してきた木の値段が下がったため、馬搬の技術を継承する「馬方(うまかた)さん」がどんどん少なくなりました。けれども遠野には今も現役で馬搬をする馬方さんが3人いるのです。菊池盛治(きくち・もりじ)さん(75歳)と見方芳勝(みかた・よしかつ)さん(69歳)そして、大先輩の2人に弟子入りして馬搬技術継承に力を尽くす岩間敬(いわま・たかし)さん(33歳)です。

私が馬搬の存在を知ったのは今から約10年前、遠野に通い始めて間もなくの頃でした。山林が多い遠野では「地駄引き(じだびき)」とも呼ばれ、秋から春にかけて行われます。昭和50年代ごろまでは、馬が運び出した木で家を建てるのが普通だったそうです。

2005年2月、土淵町の山林で見方さんの仕事を撮影しました。当時、まだ修行中だった岩間さんが見方さんから馬搬技術を学んでいました。トラクターが入れない山から切り倒した木材や間伐材を馬が引くそりにつけて運び出します。午前中に3往復、午後4往復の大変な仕事です。そして、人が作業をする間、その場を離れず、大人しく待つ大きな馬の賢さに私は感動し、馬搬という馬の山仕事をもっと撮影したいと思うようになりました。

人馬一体の職人技

そして、2012年1月、この道60年のベテラン・菊池盛治さんの仕事を撮影することができました。現場は土淵町の山林、盛治さんの家のすぐ近くです。

盛治さんは愛馬の盛(さかり)に馬具を装着し、山へ向かいます。赤い大きな鳥居をくぐり山道を歩いて行くと、森の中にまた幾重もの小さな鳥居がありました。人々はつねに山を崇め、その恵みに感謝しながら仕事をしてきたのでしょう。

木材が切り倒されている現場に着くと、盛治さんは一本一本大木を寄せて、盛が引くそりにくくりつけていきます。足場の悪い場所での作業ですが、盛治さんの動きにはまったく無駄がありません。一度に何本くらいの木を運ぶことができるのかと尋ねると、山の地形や天候、搬出場所までの距離によって様々だという答えが返ってきました。

盛治さんの合図で、ゆっくりと馬がそりを引き始めます。馬の蹄鉄の裏には雪の山道に備えて滑り止めが装着されていますが、細い坂道を馬が足を踏み外して転ばないように、盛治さんは安全にそして正確に馬を誘導しながら山を下りていきます。

「馬を太らせすぎないことが大切」と盛治さんは言います。馬搬の仕事をする馬はサラブレッドや乗馬に使われる馬よりもずっと大きいのですが、必要以上に栄養価の高い飼料を与えず、自然の草で育てることが、馬搬の仕事をする馬にとって最適なのだそうです。山を熟知し、馬の健康状態を見極めることが大切な馬搬の仕事は、まさに経験がものをいう人馬一体の職人技です。

人と馬との信頼関係

盛治さんの家は代々馬とともに林業を営んできました。「特定の馬に感情をもつな」と父親に教えられたそうですが、盛の前に長年コンビを組んでいた花盛(はなもり)とのつきあいが盛治さんを変えたといいます。

現在のパートナー盛(さかり)は、花盛亡き後、2006年に盛治さんのもとへやってきました。その年の初夏、私が初めて出会った盛は、まだ灰色の斑点が多く残るやんちゃな芦毛馬でした。あれから6年。盛治さんが一から山仕事を教え、丹念に手入れをし、大切に育ててきた盛は、すっかり白くなり、盛治さんにとって、かけがえのないパートナーになっていました。人と馬は時間をかけてお互いの信頼関係を築き、よいパートナーになる。盛治さんはそのことをとても大切にしているのだと思いました。

地元ぐるみで支える馬搬の普及

現在、遠野市では馬搬を受け継ごうと見方さんに弟子入りし、活動を続けてきた岩間さんに賛同した馬搬従事者、岩手県、遠野市、森林組合、NPOなどによって、馬搬の継承、普及、宣伝を目的とした遠野馬搬振興会が設立されました。遠野市が所有する森林の搬出作業の一部を馬搬に委託する、また研修生を受け入れる、などの事業を展開、 現在は2人の若い担い手が訓練中です。

一方で岩間さんは、イギリスで馬搬が盛んに行われていることを知ります。技術の継承に力を入れ、競技会やショーが開催されていること、また馬搬の会社が200社にのぼるということを調べ上げ、チャールズ皇太子が支援する英国馬搬協会(The British Horse Logger)の研修に参加しました。そして現地で行われた馬搬競技会の「Single」という競技で見事優勝を果たしたのです。これは、1頭の馬と一緒に、決められた場所に早く正確に木材を運ぶという競技。まさしく遠野の馬搬そのものでした。「海外でも日本の伝統的な馬搬技術が高く評価されたのだと思います」。と嬉しそうに話す岩間さん。木材の値段が上がらず、伝統技術の継承が難しい今の日本の現状について尋ねると、「切り出してきた木材に手を加え、付加価値をつけることで安定収入を確保することができれば、必ず馬搬の普及に繋がると思っています」と頼もしく語ってくれました。

馬による山からの木出し作業は、機械と違い、山を荒らさないと昔から言われてきました。そして、自然に優しいだけでなく、何よりも馬と心を通わせるとともに働く喜びがそこにあります。自然エネルギーの重要性が見直されている今、遠野の地駄引きの馬搬技術はかけがえのない宝だと思います。そして、その宝は、盛治さん、見方さん、そして岩間さんと、確実に受け継がれていることを実感しました。

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