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文・写真:高草操

2012.06.11

100頭ものドサンコがいる北大牧場

「ドサンコ」と聞くと、ほとんどの人がばんえい競馬で重いそりを引くような大きな馬を思い浮かべるのではないでしょうか。けれども、ドサンコは体高130~140センチ、体重300~400キログラムと、ばんえいの競走馬よりずっと小さな馬たち。彼らの正式名称は「北海道和種馬」、数少ない日本在来馬の一種なのです。今回は、日本の土地の多くを占め、大切な資源でもある「森」をつくるドサンコたちをご紹介します。

札幌から150キロ、サラブレッドの産地として知られる日高地方静内(しずない)に、北海道大学静内研究牧場(正式名称:北海道大学北方生物圏フィールド科学センター静内研究牧場。以下、北大牧場)があります。ここに、100頭ものドサンコがいることは、地元でもあまり知られていません。北大牧場は昭和25年に、当時、皇室所有の牧場だった新冠御料牧場から北海道和種馬と林間牧地の保管換えを受けて発足しました。現在は、農学部・理学部・水産学部の施設を統合した耕地圏ステーションの施設のひとつで、その面積は森林も含めて470ヘクタール。土地や森林の生態系を利用した家畜生産システムの研究が行われています。その結果、ドサンコが森をつくる上で大きな役割を果たしていることが科学的に立証されるようになりました。

東北の南部馬がドサンコのルーツ

なぜドサンコが森をつくるのでしょうか。それは彼らのルーツに深い関係があります。かつて駿馬として全国に名を馳せていた東北の南部馬、それがドサンコの祖先です。江戸時代、ニシン漁や昆布漁のために北海道へ渡った南部藩の人々は、漁を終えて引き揚げるときに、運搬手段として連れてきた馬を置き去りにして本州へ戻りました。北海道の厳しい冬、馬たちの命をつないだのがササです。

北海道の森林は、おもに3種類のササがあります。積雪量が多い地域にしか生育しないチシマザサとクマイザ、それに対して雪が少ない地域に育つミヤコザサです。馬たちは、雪の中から顔を出すこのミヤコザサを見つけては掘り起こし、採食していたのです。ササの葉は、草食家畜の飼料として利用できるほど栄養価が高いため、馬たちは生き延びることができました。冬の間に森で野生化した馬たちは、翌年また漁に訪れた人々に集められて使役されます。そして、新たに連れて来られた馬とともに再び置き去りにされ、ミヤコザサを食べて越冬。その繰り返しが、耐寒性があり粗食に耐える馬、ドサンコの誕生につながったのです。

ドサンコの放牧で豊かな森をつくる

ドサンコの命をつないだササは、林業にとっては厄介な存在です。森を放置しておくと、ササが繁茂して太陽光を遮断し、ほかの草木はほとんど生育しないため、地面に生い茂るササなどを剥がして樹木を更新させる「掻き起し」や雑草などの草刈り作業、「刈り払い」は大切な作業。しかし北海道ではササが繁茂して未利用のまま放置されている森林は少なくありません。そこで北大牧場では、ドサンコを放牧してササを食べてもらうことで下草刈の仕事を代替させ、豊かな森をつくるという研究を進めてきました。

現在一般的におこなわれているブルドーザーなどによるササの除去作業では、ササと一緒に表土も取り除かれてしまい、育つ樹木が偏ってしまいますが、馬が放牧された森では土に養分が残るため、用材として利用できる樹や多様な植物が再生されるそうです。馬が樹木の芽を食べる、踏みつけるなどの害が懸念されていましたが、北大牧場の最近の研究によって、それは樹木の間引き効果をもたらし、見通しのよい森林景観を生み出すことがわかってきました。50年以上、ドサンコの放牧を続けてきた北大牧場の森林には、モミジガサ、シドケなどの山菜類、フクジュソウ、カタクリ、エゾエンゴサクなど花が美しい植物類のほか、絶滅が危惧されるクロビイタヤなどの稀少植物が多く確認されています。

ただし、ササは牧草に比べると再生力が弱く、光合成が盛んに行なわれて地下に養分を蓄積する時期に馬を放牧すると、ササが根絶してしまいます。飼料源として持続的にササを利用するため、北大牧場では12月から1月を中心にドサンコの森林放牧を行っています。

ドサンコが担う新たな役割

ドサンコの数は平成22年現在で1198頭(平成22年社団法人日本馬事協会資料より)。北大牧場では近親配合を避けるため、3年ごとに種牡馬を入れ替え、4つの牝系による血統を維持しています。また、月一度の身体測定、寄生虫駆除の薬を投与して馬の健康管理を行いますが、この作業の繰り返しで、馬は人に馴れるそうです。

北海道では森だけでなく、原生花園が馬の放牧によってその景観が保たれるという話も聞きました。厚岸(あっけし)のあやめ群生地はその一つです。是非訪ねてみたいと思っています。

乗用馬、競走馬、あるいは労働のパートナーなど、馬はいろいろな役割こなしてくれますが、私は彼らが「森をつくる」という重要な仕事を担ってくれることに驚きを感じるとともに、深い共感をもちました。この研究が今後ますます進められる事を願っています。

北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 耕地圏ステーション 静内研究牧場
http://www.hokudai.ac.jp/fsc/lf/b-top.html

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