#05

文・写真:高草操

2012.07.31

政府の統制を逃れ、雑種化を免れた貴重な在来馬

台湾までわずか111キロ、日本最西端に位置する国境の島・与那国を訪れました。ここに日本在来馬の与那国馬がいます。島は畜産が盛んで、東牧場、北牧場、南牧場という3つの大きな牧場があり、牛と一緒に70頭ほどの与那国馬が一年を通じて放牧されています。個人のお宅や島内の乗馬施設にいる与那国馬を含めると、140頭ほどの与那国馬がいるそうです。

与那国島にはいつごろから馬がいたのでしょうか。

この島には文字として残る記録、歴史資料がほとんどありません。1959年、島の医師、池間栄三氏が与那国の伝説や地誌をまとめた「与那国の歴史」を発行するまで、島の文化や歴史は人々によって語りつがれてきたのです。その本によれば、与那国の名が歴史に初めて登場するのは、李朝時代の公式記録「李朝実録」105巻。それは、1477年に朝鮮済州島民が難破して与那国に漂着してからの島の生活を記したものですが、その記録に牛や鶏のことは書かれていても馬についての記述がありません。島では、済州島の船が難破したおりに交易のために運搬されていた馬が一緒に島に漂着したのではないか、あるいは、もともと沖縄本島にいた馬が15世紀以降、石垣島経由で与那国に入ったのではないかと言われています。

済州人が島を去って十数年後、サンアイ・イソバという女性が登場します。彼女は太陽や大地を司る巫女のような存在で、島の発展に尽くしました。現在の北牧場の一部に、彼女が開墾し、自身で牛や馬を御したと伝えられる場所がありますが、すでにこの時には馬が存在していたのでしょう。サンアイ・イソバの時代まで他国の支配を受けることがなかったという与那国は、その後琉球王府、薩摩島津藩の長きにわたる統治を受け、明治41(1908)年、沖縄県八重山村字与那国となりました。

昭和14年の種馬統制法(大型の洋種馬と日本在来馬の雑種化を推進する法律)の施行区域から島が除外されたことで淘汰を逃れた与那国馬は、昭和50年10月に結成された与那国馬保存会のもと、貴重な在来馬として現在も島のいたるところで見ることができます。

飼い主を判別するための馬の紋章、「耳印」

与那国では、馬は農耕に使われるのではなく、人々の交通手段を一手に担っていました。どの家にも1~2頭の馬が飼われ、子供たちは皆、生活のために小学校低学年までに乗馬を覚えました。そのため、集落は馬に乗った人が行き交い、浜競馬も集落ごとに盛んに行われていたそうです。厩舎は、母屋から離れて敷地内の裏側に建てられるのが決まりでした。これは、東北や信州でみられる馬と人が一つ屋根の下に暮す方式とは、大きく異なります。

馬の飼い主は、ウブガイとよばれる木製のトウラク(馬の頭部につけ、手綱をつけて移動や運搬に用いる馬具)を手作りしていました。ウブガイを見れば飼い主がわかるといいます。鞍も木製ですが、専門の職人さんによる手仕事だったそうです。一方、牧場にいる馬には、「耳印」といって、馬の耳にナイフで切込みを入れる風習がありました。その基本の形は、身近な道具や自然の形を上手に取り入れたもので、各家ごとに決まった紋章があり、飼い主を判別します。現在は月に一度牧場に飼い主が集り、その年に生まれた仔馬に耳印が施されるそうです。

今も失われることのない、島民が馬を駆る日常の風景

与那国の伝統的な馬具ウブガイや木鞍を使って乗馬体験ができるという「風(う)牧場」を訪ねました。代表の田中雅洋(たなか・まさひろ)さん(36歳)は茨城出身、与那国馬に魅せられて2003年に与那国に移住しました。田中さんに、あえてウブガイを使用する訳を聞くと、装着するときに、皮製のトウラクに比べて締め付けが少なく、馬が嫌がらないからだといいます。そのため、島の人たちに教えてもらいながらウブガイを自分で作るようになったという田中さん。田中さんが主催する乗馬ツアーでは、田中さん手作りのウブガイや木鞍を使用しています。

「風牧場」に時々足を運んでいるのが、比川集落で与那国特産の長命草やサトウキビを生産する前粟蔵健(まえあわくら・たけし)さんです。おじいさまが木鞍作りの名人で、前粟蔵さん自身も、浜競馬で何度も優勝したそうです。比川浜で、数十年ぶりという前粟蔵さんの騎乗を撮影しました。波打ち際を田中さんと一緒に疾走する前粟蔵さんは、とても80歳とは思えません。私は、誰もが馬に乗ることができるという与那国の人々の姿を、前粟蔵さんの中に見たのでした。

島では、草地に1頭でつながれている馬をよく見かけます。かつて馬が交通手段だった時代は、牧場で生まれた馬が1歳になると、繁殖として残す馬以外は飼い主が家に連れ帰り、乗用馬として飼い慣らしたそうです。馬の役割が車に代った今も多くの人が馬を飼うのは、馬の背の記憶が人々の中に鮮明に残っているからなのかもしれません。島では現在も旧2月と8月に牛馬の繁殖や病気払いのための祈願祭が行われるそうです。与那国に残る馬文化や風習は、馬と人々の長きにわたる深い関係を物語っているのだと思いました。

必ずまたこの島に来よう、そう心に決めて、島をあとにしました。

風(う)牧場 たんぽぽ流ツアー
沖縄県八重山郡与那国町与那国3090-C-1 TEL.0980-87-3988
http://www1.odn.ne.jp/tanpoporyu-/

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