#2

絵・文:雨宮尚子

2012.6.06

桃暦

「桃の花ってきれいだよね~」

4月。桃の花が咲き始めました。桃園では、花摘みをします。
桃はふつう自然に受粉しますが、改良された桃の中には、おしべに花粉のできない品種もあるので、花粉のある品種から集めておいて人工受粉をするのです。
おおざっぱで、何でも手早いのがシロネ。
慎重でていねい、でもちょっと時間がかかるのがクロネ。
ふたりで、この桃を育てています。
「桃の花ってきれいだよね~」
こんなことを言うのは、たいていクロネです。
「はいはい、きれいなのは分かったからさ~、さっさと花集め終わらせちゃおうよ」
春だしお天気も良いし、パーッとお花見でもしたいシロネが、クロネをせかします。
クロネは少しムッとして、
「シロネ、早いのはいいけどさ、取りすぎないでよね。花を全部むしっちゃったら、桃の実が生(な)らないんだから」
と言いました。
すると今度はシロネが、
「クロネこそ、そんなノロノロして、花粉集めが遅れて受粉ができなかったら、桃なんて生らないんだからね!」
と言い返します。
桃が生らないとこまる、という点で、今日も気持ちがぴったりのふたりです。

「こんなたいくつな仕事、ミツバチにやらせようよ、ミツバチに!」

晴れて、風のないあたたかい日。ふたりは受粉作業をはじめました。
毛ばたきにたっぷりと花粉をつけて、ひと枝ひと枝ていねいに、フワ~ササ~っとなでていきます。フワ~ササ~、フワ~ササ~・・・・。
「つまんな~い!」
早くもシロネが手を下ろしてしまいました。
「花粉なんて、ついたかどうかぜんぜん見えないんだもん。そうだ、こんなたいくつな仕事、ミツバチにやらせようよ、ミツバチに!」
「ムリだよ~、この畑の桃には花粉がないんだから。ハチは手伝ってくれないよ」
「ハチ~~」
ここは、クロネがしっかりフォロー。柄の長い毛ばたきを使い、とくに重要な高い枝をていねいにつけていきます。ブーブー言いながら、シロネも柄の短い毛ばたきで、何とかついていきます。
うっかり花粉をつけ忘れたら、今年、その枝には桃の実が生りません。
自然はとても正直です。

「桃のあかちゃんだよ。かわいいね!」

5月。ふたりが受粉作業をした畑にも、ちいさなちいさな桃の実がつきました。
あずき色のがく片の奥から、つんととがった緑の頭をのぞかせています。
「桃のあかちゃんだよ。かわいいね!」
とクロネが言いました。
「まあね~」
受粉に苦しんだシロネも、うれしそうです。
枝の先の葉が、いつの間にかすっきりと伸びて、そよそよと初夏の風に吹かれています。
「みんな、早く大きくなあれ!」
クロネの言葉に、シロネはあわてました。
「ちょっとまって。みんな、じゃないでしょ」
「……」
「大きくておいしい桃をつくるためには、数を調整しないと」
「わかってるよ~」
クロネはうらめしそうにシロネを見ます。これから「摘果(てっか)」という、桃の実を間引く作業が始まります。勇気と決断力のいる作業です。

「クロネ、桃は下向きにつくるから、上向きの実はとっちゃっていいんだよ」

桃の実はたくさんの水や養分を必要とするので、つけすぎると木にも負担がかかります。
早く摘果をすることで、落とす実にむだな養水分を使うのを防ぎ、大きなあまい桃を作ることができるのです。
「クロネ、桃は下向きにつくるから、上向きの実はとっちゃっていいんだよ」
「うん」
「枝の先端の実は、風で振られて落ちたり、キズがついたりするから、全部とるよね?」
「うん」
「枝の根もとについた実は、大きくなったときに、枝に押さえられちゃうからとる」
「うん」
「となりの実が近い場合は、大きくなってからぶつかっちゃうから、どっちかひとつにする」
「うん、知ってるよ」
「知ってるなら、どうしてそんなに遅いの?!」
「……」
一度落とした実は、もとには戻せません。どの実を落としてどの実を残すか、クロネにとっては、なかなか重大な問題なのです。
「そんなの直感だよ、直感!」
この時ばかりは、シロネを心からスゴイ~と思うクロネです。

「シロネ、下では落とした桃を踏まないように気をつけてね」

シロネはどんな高いところもへいきです。高い脚立に上って、高い枝の桃を摘果します。
こわがりのクロネは、脚立も低いものしか使いません。低い枝をえらんで、低いところで作業をしています。
桃のあかちゃんはずいぶん大きくなりました。落とすと下で、トン!と音がします。
「……痛いよ~、シロネ!気をつけてよね~」
シロネの落とした桃が、下にいるクロネの頭に当たりました。
「クロネがよけてよ。脚立のうえだから、うまく動けないんだもん。高いとさ~、いろいろ大変なんだよ。じゃまな枝は多いし、バランスもとらないといけないし」
「ふーん」
「低いところはいいよね。ぜんぜん危なくないもんね~」
そう言いながら、脚立を降りてきたシロネは、地面に足をついたとたんに、ズルッとすべって転んでしまいました。
「シロネ、下では落とした桃を踏まないように気をつけてね」
「そういうことは早く言ってよ~!」
「あ、脚立を立てるときにも、気をつけたほうがいいよ」
桃の実を踏んだ脚立に上るのは、本当に危険です。大きなけがにつながるので、気をつけないといけません。

左から)

左から)

写真:志田三穂子

摘果作業ももうすぐ終わり。次はふくろ掛けです。ふくろの中で、桃はぐんぐん大きくなります。桃の収穫まで、あと少しです。
次回は、桃たちの成長した姿をお届けします。

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