#5

絵・文:雨宮尚子

2013.4.02

桃暦

8月、桃園はすっかりしずかになりました。

おそい品種も8月のうちには収穫がおわります。
木は重い荷を下ろしホッとしたのか、葉をだらりと下げるようにしてひと息ついています。桃目あてに来ていた鳥や昆虫たちもぶどうの畑に移り、桃園はすっかりしずかになりました。
シロネとクロネも家の中でゴロゴロ。
「草が伸びたね……」
「そろそろ刈らないとね……」
不思議なもので、収穫のときは夢中で通った暑さが、終わってしまうと耐えられません。
「草刈りは夕方にしよう」
「ひるまは暑いもんね……。じゃあ作業場の片づけは?」
「それはあした」
「もぎかごの修理は?」
「もぎかごの修理?そんなの冬でもいいよ〜」
ゆっくりお茶してたっぷり食べて、思う存分昼寝して……。遅い夏休みです。

新しい梢を切る、秋剪定

9月。
まだまだ残暑がきびしい時期ですが、暑い時間をさけながら秋剪定をはじめます。
秋に切るのは主に新しい梢です。葉がある時期なので、樹全体の日当たりを確認しながら切ることができます。また、冬にむけて樹が養分を蓄積するので、その前に不要な枝を切ることで、貯蔵養分のムダを省けます。
「シロネ、あんまり切りすぎないでね。樹勢の強いところだけだよ」
「わかってるって」
「本格的な剪定は、冬にやるんだからね」
「はいはい」
(冬だってまた、切りすぎるなって言うくせに……)
適当な時期のきちんとした剪定は、良い木、良い桃をつくるためにかかせません。シロネは自分の判断で、必要なところはしっかり切ることにしています。

若い木の生長のじゃまになる老木も剪定

ダメなった枝や古い木を切るのもこの時期です。
桃の木は植えつけ3年で実をつけ、7・8年で成木、品種や状態にもよりますが15年から20年くらいで老木となり、収穫量や品質が不安定になります。そばに養成した若い木の生長を見ながら、じゃまになる枝を落とし、最終的には切り倒す決断をしないといけません。
「そういえばこの太い枝、一度台風でくじけちゃったのに、テーピングしたらもとどおりにくっついて、ちゃんと実をつけてくれたんだよね……」
「そうだっけ?クロネよくおぼえてるね」
「それにこの木。盛りのときにはすっごく大きな桃だったよね。たくさんなって採りきれなくて、あとで集めてジャムにしたりして」
「そんなことあったかな〜」
「それからこっちの木は……」
「クロネ、そんなこといっても切るからね!去年もクロネのせいで切れなくて、となりの若い木がこんなに押されてきてるんだから」
「…………」
伐採した木は適当な長さに切られ、薪ストーブを使う家にもらわれていきます。

イヤな匂いがぷんぷんの肥料、乾燥鶏糞

「あれ?シロネ、その作業着お気に入りじゃなかった?」
「そうだけど……。なんで?」
「今日は鶏糞をまくんだよ」
「ええっ!ちょっとまって、着がえてくる!」
ここでまく肥料は、葉の活性を高め、来年の葉芽や花芽の充実を図るのが目的です。主に葉色がうすく元気のない木や、新しい梢の伸びがとまり勢いが落ち着いている木にまきます。
肥料袋はひとつ15キロ。今年は200袋ほどまきます。
じりじりこげる秋の日差しの中、汗だくのシロネとクロネ。乾燥鶏糞はまくときにモワモワと舞い上がり、からだのあちこちからイヤな匂いがぷんぷん………。
おとなりのぶどう畑から差し入れをもらいましたが、シャワーをあびるまでは、とても食べる気にはなれません。

反射シートの洗浄は本当に大変

桃の実を照らすために畑に敷いた反射シートも、きれいに洗って片づけます。
洗うシートの数はその年の天候によって違います。天気が良く桃の色づきが早いときは、敷いたシートをすぐにはがし、次の品種また次の品種へと同じシートを使い回せます。ところが天候不順でなかなか着色しない年は、ひとつの品種に長い期間敷くことになり、次の品種には別のシートを出さないと間に合わなくなります。
また、晴れつづきで上げたシートは汚れも少なく片づけも簡単ですが、風雨のあとのシートは泥や葉っぱで汚れているので、しっかり洗わないといけません。
「クロネ、どうして自動で洗ってくれる機械が開発されないのかな?」
「高くてだれも買わないからだよ。シート買いかえるほうが安いもん」
「じゃあシートを買いかえようよ〜」
「今つかっているのがダメになったらね!」
最近は汚れにくく洗わなくても良いシートが出てきました。シートの洗浄は本当に大変なので、早く買いかえたい気持ちはクロネも同じです。

「芽接ぎした木、何本つくかな?」

10月。
からり晴天のつづくころ、桃の芽接ぎをします。
育生しておいた台木に育てたい品種の芽を接ぎ、あたらしい苗木をつくるのです。
まず、台木の地面から8センチくらいのところにうすく切れ込みをいれ、カットします。次に、選んだ品種の桃の枝から「芽」を切り取ります。この時できるだけ台木のカット面と同じ大きさ同じかたちになるように気をつけます。最後に、切り取った芽と台木のカット面をぴったり合わせて、雨水などが入らないように接木テープでしっかりと固定します。
念のため、数本同じように接ぎます。
「クロネ、芽接ぎした木、何本つくかな?」
「春になったらわかるよ。成功したら芽が出てくるからね」
「たのしみだなあ!」
うまく活着したら3年ほどで畑に植えられます。

「肥料って桃の木じゃなくて草のためにまいてる気がしない?」

昨日吹いた北風が、桃の葉を半分落としていきました。
今日は牛糞をまきます。
もちろんお気に入りの服はさけて、くさくなっても良い格好をします。
「ねえクロネ、肥料って桃の木じゃなくて草のためにまいてる気がしない?土にしみこむ前に、草が栄養をすっちゃうと思うんだよね……」
「たしかにそうだね……。でも、伸びた草は刈るでしょう?それがまた土にかえるんだから、やっぱり最後は桃の木の栄養になるんじゃないの?」
「ほんとに?ほんとにそうかな?」
「たぶん…………」
そう言われるとクロネも自信がありません。肥料をもらった草がちょっぴりよろこんでいるようにも見えて、不安になってきました。
そんなふたりのうえに、はらりはらりと桃の葉が落ちてきます。近づいてくる冬の足音のようです。

左から)

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次回は、冬の桃畑編。夏に作った農家ならではのぜいたくな桃のデザートも登場します。

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