#6

絵・文:雨宮尚子

2013.6.24

桃暦

整枝剪定はしっかり着込んで

12月。
いつの間にか葉もすっかり落ち、枝だけがツンツンと空にむかって伸びています。畑のずっと遠くまで、すっきり見通せるようになりました。
冬の桃畑にも、大切な仕事がまっています。
整枝剪定です。強く立ち上がった枝を間引いたり、下垂した枝を切り返したりして、各枝のバランスを保ち、樹姿を維持するための作業です。樹齢や樹勢、品種や収穫量などを考えたうえで、各農家それぞれのやり方で仕立てていきます。
急ぐ作業ではないので、1、2か月かけてゆっくり出来ますが、こたえるのは盆地の寒さ。冷たい木枯らしが吹く日はとくに大変です。ちょっと見ただけではどこの誰だか分からないくらい、しっかり着込んで畑に出ます。
「さ、寒い〜………」
雪が積もるともっと寒くなります。風のない穏やかな日にどんどん進めましょう。

せっせせっせと働く姿は、まるで冬眠前の野ネズミのようです

切られた枝がどうなっているのかと言うと、もちろん畑中に散らばっています。これを拾い集めて燃やしたり、束ねて薪にしたりするのが、もうひとつの仕事です。
まず太い枝をズルズルズルと運びます。次に中くらいの枝をえっさえっさと運び、最後に細かい枝くずをちょこちょこ拾って歩きます。畑のそうじやですね。せっせせっせと働く姿は、まるで冬眠前の野ネズミのようです。
こちらは剪定作業とは対照的に、汗だくになります。朝はしっかり着込んで畑に出ますが、1枚また1枚とぬいでいくうちに、最後は半そでTシャツ1枚に。
「ふ~、暑いなあ」
休憩時しっかり上着を着ないと、すぐに体が冷えて風邪をひいてしまいます。

作業の合間に、ほくほくあつあつ、冬のごちそう

ぬらした新聞紙で包んださつまいもをアルミホイルでおおい、枝を燃やした焚き火の「おき」に入れておくと、ちょうど休憩のころ焼きあがります。ほくほくあつあつ、冬のごちそうです。
他にもじゃがいもやリンゴ、にんにくなど、いろいろ焼いて楽しめます。
注意するのは入れる時間と位置。長く入れすぎたり火に近すぎたりすると、かんたんに炭になってしまいます。こまめに様子を見るのがおいしく焼くコツです。

冬の作業は火の粉に注意

「あ、この服、穴があいてる」
「うわ~、やっちゃったね…………」
まるで衣類が「虫にくわれた」ときの会話のようですが、桃農家ではちょっとちがいます。冬に畑で着た服なら、火の粉が飛んであいた穴です。運んだ枝を火の中に入れるとき、火が消えないよう枝の山を押したり踏んだりして空気を送り込むとき、おやつの様子を確認するときなど、よーく気をつけていても、ポツリポツリとやられてしまうのです。
「あ〜あ。この服、もう着れないな………」
「だから、火を使うときには気に入った服を着ちゃダメ、っていつも言ってるでしょ」
「だってこれが着たかったんだもん……。あ、でもこれクロネの服だ」
「えっ」
「そうそう。かわいかったから借りてたんだ。ごめんね~」
「………………」

雪の日はコタツに入って、桃農家ファッションのリメーク

1月。
雪が降り出しました。
畑もすっぽり雪の中です。こんな日はあたたかいコタツに入って、繕い物をします。
「クロネの服の穴、なおしておくね」
「ていねいにね!」
他にも、もぎかごの内側の布を張りなおしたり、ぼうしや腕ぬきを改良したりします。
一般的な農作業用のぼうしはツバが長く、上を向くことの多い果樹農家には合いません。うまく工夫して、ちょうど良い長さや幅に縫いなおします。
また、腕ぬきも市販のものは短く、半そでの季節に使うと二の腕の部分がかなり出てしまい、日焼けやすり傷が心配です。おすすめは長い靴下を切って使うこと。ニーハイソックスなら、肩から手の甲までしっかりカバー出来ます。着圧ならさらに引き締め効果も。ちょっと暑いのが難点ですが……。

自家製桃のびんづめが最高の冬のおやつ

「そろそろお茶にしようか」
「今日のおやつはなあに?」
「そうだなあ~………、桃のびんづめ開けちゃう?」
「やったー!!」
桃のびんづめは各家庭で作られます。一般に販売されることが少なく知らない人も多いと思いますが、缶詰めの桃とは全くちがうものです。
肉質の固い品種の桃を若いうちに収穫し、皮とタネを取り除き、水と砂糖を入れたビンの中で煮立たせ密封した保存食で、シャキッとした歯ごたえと程よいやわらかさ、何より桃の香りがそのまま閉じ込められているのが特徴です。
雪のようにまっ白いびんづめの桃は、桃農家の最高の冬のおやつです。

「せっかくふくらんできたのに………」

3月。
寒さの残る桃畑で、つぼみがぐっぐっと起き出しました。開花まではまだしばらくかかりますが、このころから「摘蕾」というつぼみを間引く作業をはじめます。
桃はたくさんの花蕾をつけます。最終的に収穫する桃の、約20倍以上もあると言われています。つぼみを間引き木の負担を軽くすることで、新しい梢や桃の実の成長を助けるのです。
「せっかくふくらんできたのに………」
間引く作業が嫌いなクロネは、紅いつぼみを見てちょっと複雑な気持ちになります。つぼみを間引いたら次は花を間引き、受粉をしたら今度は実を間引き………これから収穫まで、ひたすら落とし続けるのです。
でもシロネのほうは、そんなことぜんぜん気になりません。
「おいしい桃をつくるためだよ。お仕事お仕事」
軽快につぼみを落としていきます。農業にはこういう割りきりも必要です。
おいしい桃のために、今年もがんばるシロネとクロネです。

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