2014.09.04
7月。
桃の出荷のピークです。桃園にとってはいちばん忙しく、
でもいちばん元気の出る季節です。
シロネが収穫し、クロネがその桃をコンテナにならべて
いきます。作業のとちゅうで 手の空いたほうがかご運び、
チビネもお手伝いします。
「あ、こんなところにももがなってる!」
チビネがおどろきの声をあげました。ふとい幹に直接
桃の実がついていたのです。
「ああ、ときどきそういうところにつくことがあるけど、
ふつうは花のときに落とすの。育てにくいし、変形果だったりして、
商品にならないことがおおいからね」
「じゃあ、どうしてこれはのこったの?」
「それはねー・・・」
シロネはチラリとクロネを見て、
ちょっと大きな声で言いました。
「クロネの趣味だから」
「しゅみ?」
「趣味じゃない、研究!」
とクロネが答えました。
「育てたらどうなるか知りたいでしょ?」
「しりたい!」
とチビネ。
「ほーら!チビネ、むこうの枝を見てごらん。
ちょっとかわった桃があるでしょう?」
「・・・・・・ハートのもも?」
「そう。ちいさなちいさな青い実のときから、ハートのかたちを
していたんだよ。シロネに落とされそうになったのを、なんとか
たすけて育てたんだ。かわいいでしょ?」
「うん、かわいい!」
「べつにかわいくないよ・・・・・・」
シロネはちょっとつまらなそう。
「あのくろいももも、クロネのけんきゅう?」
「黒い桃?」
チビネの指さす先をさがしましたが、ふたりの場所からは
それらしいものは見えません。
「黒い桃なんてのこしてないよ」
とクロネ。
「新種の桃・・・?」
「黒カビじゃないかな?」
「カビなら早くとっちゃったほうがいいね。他の桃に移るとたいへん」
「チビネ、その桃落とせる?」
チビネは少し考えて、畑のすみのほうから、
長い棒切れを拾ってきました。
「おとすよー」
ブーーーーン!
つつかれた桃から、黒い影がいっせいに飛び立ちました。
「きゃーっっっ!」
クロネがまっ先に逃げ出しました。
「そうか。黒く見えたのはカビじゃなくてカナブンだったんだね」
「カブトムシもいるよ!」
地面に落ちてつぶれた桃の実の下から、カブトムシが
のそのそとあらわれました。
「カナブンは、うえの羽をとじたまますばやく飛び立つから、
すぐにいなくなっちゃうけど、カブトムシやクワガタは羽を
ひらくのがおそくて、たいてい桃といっしょに落ちてくるんだよ」
「かわいいね!」
「桃にとっては害虫だけど、まあ、かわいいよねー」
クロネは逃げた先の木のかげで、
「あんなのぜんぜんかわいくないよ・・・」
とつぶやいていました。
収穫期の気ぜわしさといったらありません。桃の熟度は気温の上昇とともに、どんどん進んでしまいます。今日とり残すと明日には熟しすぎてしまう・・・あせります。でもていねいに見て回る時間はありません。もいだ桃をその日のうちに発送するために、やることがたくさんあるのです。それ以外にも、次に収穫期をむかえる桃のふくろをはずしたり、木の下に反射シートをしいたり、この時期はまさに時間との戦いです。
そんなときに「ハートの桃だ」とよろこび、「まだもがないで!ようすを見たいから」なんて言ったりするのは、ちょっと迷惑な行為でもあるのですが、こんなかわいい発見は無視できるものではありません。たいせつに育ててきた変形桃のほかにも、ふしぎな形に生長した桃がひょっこり見つかることがあり、そのたび自然の造形のおもしろさに、わくわくさせられます。
つまり、私はクロネタイプ。そして大の虫ぎらい・・・。とくにカナブンが苦手です。果汁をあたまからかぶりテラテラと光る黒い体、容赦なく桃にくい込むギザギザの手足、四方八方に飛び、人にぶつかることもおかまいなしの図太さ・・・恐ろしいことこのうえありません。今回のお話のように、ひとつの桃にたくさんのカナブンが集まっているのを見たときには、血の気がひく思いがします。
自然とともに生きるよろこびと、虫から逃げ惑う行為に大きな矛盾を感じつつ、今日も畑に立っています。どこかでかすかに聞こえる、カナブンの羽音におびえながら・・・。
絵本作家 雨宮 尚子