かつて心に刻んだあの唄は変わらずに唄い継がれているのだろうか。過疎がすすむあの村で、好きだったあの唄はもしかしたら唄い手を失っているのではないだろうか。そんな想いに駆られ、あの唄を聴くために、上妻宏光は列島各地の民謡の里を訪ねることにした。
2016.02.22
「津軽甚句」
(日本ロレックスpresents「上妻宏光 民謡アーカイブ 『じょんから〜津軽・風の夕べ〜』」
2015年11月26日 浜離宮朝日ホールにて演奏)
今回のコンサートは、津軽三大民謡の一つである「津軽よされ節」、青森五所川原市・市原地区に伝わる「十三の砂山」(とさのすなやま)を私のソロ演奏からスタートしました。その後、ステージには藤原道山さん、中井智弥さんにご登場いただき、民謡「秋田荷方節」「竹田の子守唄」を、通常の民謡演奏スタイルにはない「津軽三味線」「尺八」「筝」でのセッションと私のオリジナル曲「紙の舞」「華〜宙に舞う風の如く〜」を演奏致しました。
藤原道山さんとは今までに何度も同じ舞台に立たせて頂きました。そして同じくソロデビュー15周年という記念の年でもある今回は、さらに二人のコンビネーションは濃いものになったのではないかと思います。津軽三味線の得意とする即興演奏と道山さんの奥深くそして繊細な尺八の音色に沢山の声援と拍手を頂きました。また、筝と津軽三味線との共演は珍しく、とりわけ中井智弥さんの筝は二十五弦筝という特殊な筝ですから、尚更です。民謡という伝統を後世に伝えていくためには、こうした革新的な試みも必要と考えており、その意味で第1部の演奏はとても有意義な機会となりました。
第2部は、津軽民謡本来の魅力をたっぷりとお伝えする構成にしました。まずは「津軽じょんから節」を私と福士豊勝さんで津軽三味線の合奏。続いて「津軽じょんから節 旧節」を福士あきみさんの唄、二代目成田雲竹女(うんちくじょ)さんの太鼓、さらには増田龍鳳さんとその社中の皆さんの手踊りという豪華な顔ぶれで披露しました。
津軽民謡の面白さは、演奏家の独創性、即興性にあります。その日によって唄の早さや節回しが変わりそれに合わせることが面白いところだと思います。豊勝さんが唄い、そして奏でる津軽三味線は津軽に住む人ならではの香りが観客の皆さんに届いたのではないでしょうか。津軽に生まれ、津軽に住み、津軽弁を喋り……まさに本物の津軽民謡でした。
第2部の最後は、出演者全員で「津軽甚句」を披露しました。「津軽甚句」は私が初めて習った津軽民謡で特に思い出深い一曲です。当初この日のゲストは福士豊秋さんがご出演して頂く予定でしたが体調不良の為、福士豊秋さんのお兄様である、福士豊勝さんが急遽出演してくださいました。本編最後のこの曲だけでもと体調が優れないなか、福士豊秋さんがステージにご登場くださいました。
津軽民謡の重鎮である福士豊秋さん、福士豊勝さん、そして福士あきみさん、太鼓の二代目成田雲竹女さん、手踊りの増田龍鳳さんと社中の皆さん、更に尺八の藤原道山さん、二十五弦筝の中井智弥さん……大好きな「津軽甚句」を、このような錚々たるメンバーで演奏できる喜びは何にも代え難いものでした。これまで聞いたことのない力強く、暖かい感動の「津軽甚句」でした。この時の演奏はこのページのトップに音源がありますので、ぜひ聴いてみてください!
昨年の「家庭画報」11月号のインタビューで、私はこんな言葉を残しました。「守るだけでは次の世代に残せない。芯は曲げずに、今の時代に合ったものを取り入れて、新しい観客を増やしていかなくては」
今回、藤原道山さんと中井智弥さんに出演をお願いしたのも、こうした思いからです。今後もこの公演を通じて、様々な試みにチャレンジしながらアーカイブをしていきたいと考えています。次回の「民謡アーカイブ」にも、どうぞご期待ください。