かつて心に刻んだあの唄は変わらずに唄い継がれているのだろうか。過疎がすすむあの村で、好きだったあの唄はもしかしたら唄い手を失っているのではないだろうか。そんな想いに駆られ、あの唄を聴くために、上妻宏光は列島各地の民謡の里を訪ねることにした。
2017.08.21
「牛深ハイヤ節」
(日本ロレックス presents 「上妻宏光 民謡アーカイブ『火の国の旋律』」
2017年6月16日 浜離宮朝日ホールにて演奏)
2017年6月16日、「民謡アーカイブ」の第4回コンサートを、今回も東京・築地にある浜離宮朝日ホールで開催しました。繰り返しになりますが、「民謡アーカイブ」は、私が日ごろから抱いている民謡への想いを多くの方々に伝え、アーカイブしていきたいとの願いから生まれたプログラムです。
「民謡」と言うと、一般の方々には縁遠いものではないかと思うのですが、毎回、このコンサートは満員御礼の盛況ぶりです。これは多くの方々がこの企画にご賛同くださっている証だと思っています。この場を借りてお礼を申し上げます。
さて、今回の「民謡アーカイブ」は「熊本」をテーマにしました。熊本民謡の唄い手の第一人者として知られる田中祥子さん、山形民謡をベースに新たな音楽的な試みをされているシンガーソングライターの朝倉さやさん、そして日芸舞踊団「若竹」の皆さんをお迎えし、熊本地震の被災地復興への願いを込めて、人情味あふれるその魅力を存分に表現しました。
コンサートの第一部は、今回も「民謡アーカイブ」ならではの編成ではじまりました。伊賀拓郎さんのピアノ、はたけやま裕さんのパーカッション、そして私の三味線……この3人で津軽民謡をモチーフとするおなじみの2曲を披露しました。1曲目は『津軽よされ節』をアレンジした『YOSARE』、2曲目は『津軽じょんから節』をアレンジした『虹色の風』です。
民謡をベースに新たなアレンジで、まずは民謡の楽しさを感じていただくというのが第一部のコンセプトですが、それにふさわしい活動をされているのが、今回の最初のゲスト、シンガーソングライターの朝倉さやさんです。朝倉さんは山形のご出身で、ステージでは山形弁のトークで大いに盛り上げてくれました。
そんな朝倉さんには、まず山形民謡を代表する『最上川舟歌』を、朝倉さんらしく少し現代的なアレンジを加えて熱唱していただきました。圧倒的な声量を誇る朝倉さんの歌唱力は、会場の誰もがびっくりするほどの迫力でした。そして2曲目は朝倉さんのオリジナル曲『東京』です。これは朝倉さんが山形から上京した18歳の頃の心模様を表した曲ですが、哀しみと喜び、繊細さと力強さといったものが同居しているかのような曲調は、山形民謡に根差した朝倉さんの表現者としての才能を感じさせるものでした。
第二部は、私の『津軽じょんから節 旧節』の演奏で幕を開けましたが、民謡歌手の田中祥子さんの登場で、いよいよ本場の熊本民謡のステージがはじまりました。熊本民謡というと、とにかく明るくて賑やかな印象がありますが、田中さんはそれを絵に描いたような女性。高らかな笑い声がステージの雰囲気をいっそう盛り上げます。
今回、田中さんにはいつもはあまり行わないこと、しかも東京では初めてとなるパフォーマンスをお願いしました。それは三味線での弾き語りです。
「熊本地震のときには多くの皆さまからご支援や励ましのお言葉をいただきました。それがあったからこそ、熊本は今、着々と復興への道を歩むことができています。本日は、そんな熊本県民を代表して、皆さまへの感謝の気持ちを込めて弾き語りをさせていただきます」
そう言って田中さんが最初に披露した曲は『お蔭参り』です。田中さんによれば、江戸時代の武将、加藤清正が本妙寺に一年間の無事のお礼に参じたことを唄ったものだそうです。お座敷小唄のような、しっとりとした味わい深い民謡です。続いて、田中さんが心から尊敬しているという唄囃子の西田美和さんが登場。日芸舞踊団「若竹」も加わって、山鹿の「千人灯篭」の盆踊り曲である『よへほ節』を、ゆったりと幻想的に唄い上げていただきました。
田中さんがいったんステージを離れている間に、私のソロで『田原坂』を演奏しました。これは西南戦争を唄った有名な熊本民謡ですが、私にとって実は特別な曲なんです。というのも17歳の頃、私はロックバンドをやっていて、そのバンドのリーダーの父親が『田原坂』が大好きだったことからこの曲を知り、すっかり魅了されてバンドで演奏するようになったんですが……そのリーダーも50歳という若さで亡くなってしまいました。この曲に対するリーダーの気持ちを受け継いでいきたい……そんな想いもあり、この日もこの曲を唄わせていただきました。
さて、第4回「民謡アーカイブ」コンサートのエンディングに向けてふたたび田中祥子さんにご登場いただきました。まず唄っていただいたのは、きっと誰もが耳にしたことがある『おてもやん』です。「おても」という名前の女性、その旦那さん、二人を取り巻く町人の日常を唄った熊本弁にぴったりの楽しい民謡です。
会場が盛り上がったところで、この日の最後の演奏となったのは、陽気な熊本民謡を代表する『牛深ハイヤ節』です。「さあさ よいよい!」「はあ、よいさ、よいさ!」のかけ声に乗って、自然に踊りたくなってしまうアップテンポのこの民謡は、江戸時代に北前船が日本海を北上するにつれて、新潟で『佐渡おけさ』になり、青森で『津軽あいや節』になったと言われています。民謡の原点ともいえるこの一曲、「民謡アーカイブ」にふさわしい民謡で、この日の公演を締めくくりました。
※少し現代的なアレンジをしたこの日の『牛深ハイヤ節』は、当ページのトップに音源がありますので、ぜひ聴いてみてください。