「男鹿・タコだまし漁」

第6回ロケ 2009年10月

 ナマハゲは毎年12月31日にやってきます。村の若者が怖いナマハゲの面をつけ、藁でできた蓑や脛布(はばき)を着け、素足に藁沓(わらぐつ)。手には出刃包丁を持って忽然とやってくるのです。
 ナマハゲ行事は年越しの夜に神が来臨して人々に祝福を与えるという意味があるそうです。つまり、ナマハゲは一種の歳神です。
 では、なぜナマハゲなんて変わった名前で呼ばれるのでしょう?
 冬、囲炉裏に長い間あたっていると、ナモミとかアマと呼ばれる低温火傷が手足にできることがあり、新しい年を迎えるにあたって、このナモミを剥ぐことで怠け者を懲らしめ、災いを払い、祝福を与えるということから名前がついたそうです。
 つまり、ナモミをハグ→ナモミハグ→ナマハゲとなったと言われています。
 ナモミを剥ぐ対象は、子どもや初嫁、初婿とされていたそうです。家(あるいはコミュニティー)の新しいメンバーになった人たちを選んで、新年に向けて、「神様(鬼でもある)」がいろんな訓示を垂れたわけです。直接、大人が言うとコミュニティーの中で角が立つので、いわば「間接話法」の形をとったわけですね。
 タコだまし漁をされる秋山秀美さんも若い頃、このナマハゲ役を何度かやったことがあるそうです。実際にはどんなものだったのか、ちょっと訊いてみました。

「まず、玄関に入ると『ウオーッ!』って叫ぶ。扉、開けたと同時に 『ウオーッ!』」
 それまで優しい顔でしゃべっていた秋山さんがいきなり怖い顔になり、しかも、野太い声になったので、驚いた。
「ナマハゲは無礼講だから、遠慮も杓子もいらないの。子どもいるとこさ行って、
『親の言うごと、聞いでるがっ』
『勉強しでるがっ』
『悪いごどしてる子いるがっ』
 て騒いで、子どもを怖がらせる。
 家を訪ねる前に、われわれは神社で浄めてもらってから来る。ナマハゲは怖い神様だから、大人たちは仰々しく迎えるんだべ。お膳並べておいて上座すわらせて。

 まんず、ナマハゲが家に上がってきたときは、昔は隠れ(かぐれ)だんだもの。おっげねから。子どもも初嫁も。
 おら、小っちゃかっだときも、おっがねかったもの。
 だから、朝から隠れる所、見つけておくの。どこでもいいから、ここさは絶対見つからねって感じの所、まず見つけておくの。自分がたで。
 隠れてるもんだから、ナマハゲがバーッと来て、暴れて、『誰がいねが? 誰がいねが?』て探し歩く。
 ナマハゲは子どもの名前を大声で呼ばわるのよ。
 子どもは2階さ隠れてみたり、風呂さ隠れてみたり。
 して、主(あるじ)が
『まんず一旦、座って、一杯飲めばいい』
 で、ナマハゲは座るの。それから、挨拶するの。
『あけましておめでとうございます』
 主も
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします』
 で、主が続けて、
『まんず一杯飲めばいいんでねえ』と酒をすすめる。
 ナマハゲは片手で杯を受けて何かモサモサモサモサ言いながら、
『子どもさ、どこ行っだ? どこやっだ? どこ隠しだ?』
 へば、ナマハゲの横で子どもの居場所ちょこっと教える人もいるんだ もの。結局、そこさ行って、子ども連れてくんだものな。
 子どもはおっがねもんだから騒いで……。玄関に、ナマハゲの付き人みたいなの、いっぱいいるんだもの。前は青年会でもいっぱい人がいたんだもの。ナマハゲはそういう人にいったん子ども渡すの。
「後で山さ連れてくど。ナマハゲの住処さ連れてくど」
 すると、子どもがワーッと泣き出したりして。
 親たちが慌てて玄関に来て、
『ごめんけれ。ごめんけれ』
 今度は、ナマハゲは
『なら、酒よこせ』
 て子どもにお酒注いでもらう。
 して、子どもたちが必死に頭を下げる。
『勉強するから。手伝いするから』
 ナマハゲは『言うごと聞けよ。勉強しろよ』
 へば、子どもたちは、
『はい。はい』て、頭下げるの。
『おめ、悪いごとしたら、すぐナマハゲ飛んでくるんだよ。親父、ちゃんと、見とけよ』
 てナマハゲが言うと、
『はい。わかりました』て、また頭下げるの。
 それで、そこにいる人みんな、ホッとする」

 失神する子どももいるんじゃないですか?
「泣こうとしても、怖すぎて、涙でない子どももいだな。して、また、 ナマハゲは一杯入ってるから、声が大きいから、よけい怖い」
 あのお面自体が怖いじゃないですか。
「んだ。だども、無礼講だから、ガラス割ったりもするんだ」
 秋山さんもガラス割りました?
「んだな。やったこどもある」
 目の前にいる優しい顔をしたこの人が他人の家の中で暴れ回って、ガラスを割ったなんて、にわかには信じがたい。
「ナマハゲは神だってことで。んだども、修理はするけどな。明くる日、『ごめんなさい』て謝りにいく(笑)」

 秋山さんの話を聞いていて、共同体の絆がしっかりしていればこそのナマハゲなんだ、と思いました。
 東京でこんなことをしたら、児童虐待とかアルコールを飲んだ上での暴力事件とか、何やかや言われて、大騒ぎになるに違いない。
 だが──しかし。
 いま、東京にこそ、ナマハゲにきてほしい。
 公共の場所であろうと、辺り構わず、モノを食べ散らかし、大声で携帯をかけ、ゴミを投げ、老人に席も譲らず、こそこそと痴漢をする── こういう東京にナマハゲがやってきて、「悪いごとしてねが? 嘘ついてねが?」怖ろしい顔ですごんでほしい。
 怖れを知らない世の中こそ、とても怖ろしいのだと、一番怖いのは人の心だと、教えてほしい。
 東京といわず日本各地に、いま必要なのは、ナマハゲ的存在ではないでしょうか。

吉村喜彦


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門前なまはげ立像。高さは何と9.99メートル。すごい迫力です。
ここには赤鬼しかいません。相棒の青鬼ができるのはいつになるのでしょうか?


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旅館に貼ってあったポスター。御幣を持った赤鬼は厄を祓い、
青鬼は
ナモミを剥ぎ取るための出刃包丁とそれを入れる桶を持っています。

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おなじみツーショット。
ムービーとスティルの息は、取材を重ねるごとに、ぴったり合ってきています。


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大事なカメラを持って、岩場を慎重に歩く是永クン。
「もちろん、ぼくよりカメラが大事!」


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浜にはブヨブヨのゼリー状のものが散乱していました。
これ何だか分かりますか?エチゼンクラゲです。


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秋山さんと話をしながら撮影は進みます。
黄色いタオルが似合う征夫さんと胴長が似合う是永クン。


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カニそっくりの疑似餌を撮影中。


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昔ながらの手作りの「だまし」と市販の疑似餌、どっちで撮影しましょうか?

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たまきさんを初公開! 是永クンとお揃いの胴長で二人はまるで姉弟のよう。

写真:吉村喜彦