第3回 染織家 志村ふくみ 「色に秘そむ」

蘇芳の深紅は魔性の赤
 <花がたみ>と題された志村さんの着物。上村松園が<花がたみ>と題して描いた一枚の絵からタイトルを付けたそうです。もとは世阿弥の<花筐(はながたみ)>という狂女を描いた演目を取り上げたもので、松園は精神病院で取材を重ね、この絵を描き上げたそうです。愛する人への思いゆえに狂ってしまった女。 
志村さんはこの狂女を表現するために糸を蘇芳という植物を使って染め上げました。蘇芳とはインド・マレーシアにしかない大木の心材で、みごとな深紅の色を出す植物だそうです。媒染によって赤も臙脂(えんじ)も葡萄色も出るといいます。蘇芳の赤は魔性の赤。惑わされる色なのです。志村さんは一時期この蘇芳の赤に熱中したといいます。  
「この蘇芳はあまりに純度が高いので金・銀・黒以外に対応する色がないのです。それほど主張の強い色。女性として完璧な色で男性をよせつけないような美女なのです。」

女の情念
 志村さんの染め上げる色にはドラマがあります。そしてその糸で織り上げる着物にはその色の物語が刻まれて

いくのです。インタビューの中で「結婚はね屈辱ですよ、はっきり言って。純粋な赤ではいられない。その家の家法もあるし、男性の考え方もあるからそれに応じなければならない。その時にはやっぱり黄色だって、茶色だって、緑だって、受け入れなければならない。その時の赤は純粋じゃだめですね。。」とお話になった志村さんの中に完璧を求めるがゆえに狂っていく女の情念の姿を感じたのは私だけでしょうか。

古代を感じる湖
「琵琶湖があるところまでいきますと突然ね、古代になってしまうんです。そういう別の世界が奥琵琶のほうにはあるんですね。ほとんど人間が汚していない世界なんです。そういうところにたまたま紛れ込んだとき、そこに精霊が宿っているような気がするんです。もともと琵琶湖には龍神様がいるといわれていますけど、そういうような古代の神々がまだそこに残っているような感じがするんですね。」と志村さん。
志村さんは滋賀で生まれてから養女に出され、17歳の時に琵琶湖の近くで本当の親兄弟を知ったそうです。その後すぐにお兄さんを病で亡くし、続いてお父さんも亡くされました。だから、志村さんにとっての琵琶湖は魂の鎮まる湖、鎮魂の湖なのだと言います。

表層というベールの裏側
 この着物のタイトルは<風神>——実は撮影を終えるまでこの着物のタイトルを知らなかったので、後から知った時には「まさにその通りだっ!」と興奮したのを覚えています。今回の撮影はわざとシャッタースピードを遅らせて残像を残すようにしたのですが、その残像がこの着物の奥に潜む<風神>の姿を映し出したかのように思いました。これが志村さんのいつもお話になっている形あるものの後ろに潜む目に見えないものの姿なのだと思います。そこに魂を込める、目に見えぬものを潜ませる、という行為はまさに芸術なのだと思いました。見るからに魂そのもの!という作品もありますが、美しい形というベールに包まれてひっそりと姿を隠している荒ぶる魂。その佇まい方が志村さんらしいと思ってしまったのです。 
 撮影後にあの着物はまさに「風神」でした、と志村さんに告げると「そうですか。やっぱり、固定された完璧な縞とか、絣(かすり)とかは感情的なものが入る余地がないんです。そこが崩れると色々なものが入ってくる。織物は生真面目ではだめなんですよ。一度崩して、さらにぐちゃぐちゃに崩すと、面白いですね。色々と想像されるんです。そういう意味で固定されたものからどうやって流動的なものを作っていくか、新しいやり方かもしれませんね。」とお話になって下さいました。本質的なものを残しながら姿を変えていく、形にとらわれない、むしろそれを崩していこうとする精神に志村さんの生き様を見たのでした。