第八回 料理家 吉本ナナ子 「感覚で生きる」

潮の満ち引きとお天気
 ナナ子さんはいつでも、潮の満ち引きの時刻がわかる「潮時表」を持ち歩いています。カバンに一つ、お店に一つ、車に、お店にと、どこにいても潮のことが気になるようです。ナナ子さんの「潮時表」を見せていただくと、そこにはえんぴつで沢山の印が付けられていました。日々や年間のスケジュールは、この「潮時表」によって決まるそうです。
 潮の満ち引きは月ととても関係があります。夜、月を見上げながら「満月だから大潮だ」「闇夜だから大潮だ」とにんまりするそうです。そして、朝一番には風の吹き方を見ます。天気がどうなのか、雨は降るのか、風は強いか……。自然のあらゆる情報を読み取って、一日一日の行動が決まっていくのです。
「子供に旅行に誘われても海で美味しいものが沢山採れる時期には行かないの。だって、そっちの方が楽しいんだもん」
とナナ子さんは少女のようにお茶目な顔をしてニッコリと笑いました。

西表島のパワーの源
 西表島の植生は目で見るだけでも、とても豊かなことがわかります。島のほとんどはジャングルで、国立公園となっています。シダや蔓系の植物や、南国の木々が所狭しと生えていて、密度の濃いエネルギーが充満していました。同じ種類の植物でも、他の島と比べると西表島のものの方がサイズも大きいとか。ナナ子さんに理由を伺ってみると
「葉っぱが散らずに影をつくる植物や、葉っぱが落ちて腐葉土になる植物が上手い具合に生えているからじゃないですか? 所々に沢がいっぱいあって、そこから流れる水でシダ類が沢山生えるし、木も元気になる。よい腐葉土が出来れば、雨が降って山から海へと水が流れて来た時にも、栄養があるのだと思います。ここには沖縄で採れる海藻がほとんどあるんですよ。他所では採れないものも採れるんです」
と答えて下さいました。そのナナ子さんの言葉は、勉強して知った者の言葉ではなく、生活の中で森を歩き、見て、感じている人の生の言葉だったように思います。

森のハンター
 一緒に森に入ってみると、一瞬にして、ナナ子さんの体は全身アンテナのようになりました。
「ほら、あそこにオオタニワタリが」
「ほら、見て、あの蔓でカゴが編めるのよ」
「ほら、あの大きな木の向こう側に竹が見えるでしょ?あそこにきっとタケノコが出ているはずだから見に行きましょう!」
 ナナ子さんはそういい終わらないうちに、体がそこへ向かって動いています。私はいつも完全に置いてけぼり。しばらく歩いていかないと、私にはそれらの植物が見えて来ないのです。
 タケノコを見つけたナナ子さんはそれを引き抜き、包丁を持って、その場でバサバサと皮を剥いでいきました。
「こうして持ち帰った方がかさ張らないから楽でしょ」
とご満悦。森に入ると、ナナ子さんの目はどんどん輝き、どんどんハイテンションになっていきました。本当に本能の人なのだと思います。