居間に置いてある地球儀を見るたびに日本列島の魅力を感じます。北海道から沖縄まで細長く連なる島は、流氷を見ることもできればさんご礁で泳ぐこともできる海に囲まれているのですから。多様で豊富な生きものたちが暮らしている海を身近に持つのは何と幸せなことでしょう。ところが、この100年ほどの私たちは、工業化を幸せへの道と思い込み、海を水としか見ないようになってしまいました。工場用水を汲み上げ、汚れた水を流す場にしてしまったのです。海にいるたくさんの生きものたちへの思いを失なった時、実は私たちは未来を失ないかけたのではないでしょうか。なぜなら、私たち自身も海で生れたのであり、海の生きものたちがいたからこそ私たちがあるのに、そのつながりを忘れてしまったのですから。過去のつながりなしに未来はありません。幸い、私たちは、その過ちに気づき始めています。私の専門とする「生命誌」は、生きものは38億年もの昔に海で生れたこと、以来地球上の生きものは絶えることなく続いてきたことを示す科学の成果を活用し、私たちの暮らしを組み立てて行きたいと考えています。ところが、最新の科学の知識を取り入れて考えていくうちに、それと同じ考え方が日本文化の中の「暮らしの知恵」として存在してきたことに気づきました。自然の一部として生きるという謙虚な気持が、みごとな知恵を生み出したのでしょう。そこには海から教えられた知恵がつまっています。しかもそれは、海を海としてだけは見ていません。山に降った雨が、森や田んぼや畑を通って海へとつながる。このつながりを大事にしています。森が海を育て、海からの水がまた森を育てる。時間と空間のつながりの中にある海と私たち人間。「日本列島 知恵プロジェクト」はまさにこのつながりを見せてくれるに違いありません。