懐かしい未来が見える佐渡島

滝沢守生
企画編集者

伝統文化を語るときに、まず忘れてはならないことは、その文化を育んだ土地、場所を自分の足で歩き、生態学的な視点でまずは、よく観察することである。生態学というとなんだか難しそうに聞こえるが、ようはエコロジーである。そこは、海に近いのか、山に近いのか、川があるのか、冬は寒いのか、夏は暑いのか、どんな生き物がいて、どんな人間が住んでいるのか……。その場所に息づく文化というのは、エコロジーの視点なくしては語れない。

新潟港から高速船でわずか1時間、東京から新幹線を乗り継いでも、およそ4時間もあれば、その楽園にたどり着くことができる。楽園というのも、佐渡島は今、「循環の島」をめざし、にわかに注目されている。北からの冷たい寒流と南からの温暖な暖流がぶつかる佐渡島は、豊かな海産物はもとより、北海道と沖縄の植物が同居するという、珍しい植生をもつ。また、その海流によって古くから交易も盛んで、さまざまな伝統文化が、今も各地域に色濃く残っている。さらに特筆すべきは、島の人口6万4000人に対し、主食の米はもちろんのこと、野菜、海産物、酪農など食料自給率は、ほぼ100%、電力もすべて島内発電のみでまかなわれていること。原生林を有する島の脊梁山脈から流れ込む清冽な淡水河川にはダムも堰もなく、アユやサケ、サクラマスなどの自然遡上も見ることができる。その自然環境の豊かさ、人が暮らすためのエコロジカル・フットプリントのバランスは、まさに楽園と呼ぶのにふさわしい。

しかし、離島であるがゆえの課題も多い。今、佐渡には四つの大きな課題があると言われている。ひとつは四方を海に囲まれているという地理的な問題。そして、少子高齢化という問題と同時に、生産力の高い土地がありながらも、皮肉にも第一次産業が空洞化してきていること。さらに、それに追い打ちをかけるように、情報の多様化によって、暮らしの価値観にも変化が生じている。

じつは、これらの問題、佐渡の課題でもあるのだが、ひいては日本の課題でもあることがよくわかる。しかも、前述のような佐渡の生態地理は、日本列島そのもので、佐渡はまさに日本列島の縮図といってもよい。もし、以上の課題が、近い将来、佐渡のなかで一つ一つクリアすることができれば、同じ問題を抱える日本、さらには、世界の問題解決にきっとつながっていくことにもなる。そうすれば、佐渡は本当の意味での楽園となるにちがいない。

佐渡を歩いていると、どこか遠くから太鼓の音が聞こえてくる。

夕暮れの空には、トキが舞飛び、畑仕事を終えたお百姓さん、漁から戻った海女さん、そして、学校から帰った子供たちが賑やかに神社に集まってくる。来るべきお祭りに備え、名人と呼ばれる老人たちから、あれこれと手ほどきを受け、しだいにりっぱな芸能の担い手となっていく。

豊かな自然に育まれたコミュニティには、自然と文化が育ち、確かな形で未来へと継承されていく。遠くの太鼓の音を聞きながら、そんな光景に思いを馳せる。私たちが夢見る、いつか見た懐かしい未来の姿でもある。

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